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2021-05-18

【プロレス】「オマエ、平田だろ!」事件の翌日にアントニオ猪木も「オマエは平田だ!」1985年5月18日

スーパー・ストロング・マシン

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「オマエ、平田だろ!」
 1985年5月17日、新日本プロレス熊本大会で藤波辰巳(現・藤波辰爾)がスーパー・ストロング・マシンに叫んだマイクアピールはプロレス史に残る名言となっている。実はその翌日にもドラマがあった。

 同年5月18日、新日本プロレス後楽園ホール大会。前日の「オマエ、平田だろ!」事件を受けて、ファンの関心はマシンがマスクを脱ぎ捨てるかどうかだった。

 マシンは第5試合でトニー・セントクレアーと対戦。場内から沸き起こる大「平田」コール中、テクニックに手を焼いたものの、最後はジャーマン・スープレックス・ホールドで勝利。試合後、前日に続いて、将軍KY若松が乱入してきたが、これをマシンは返り討ち。若松は「貴様をオレたちの軍団から追放だ!」と捨てゼリフを吐いて控室へ消えていった。

 マシンはメインイベントのアントニオ猪木&藤波組vsボブ・バックランド&アイアン・マイク・シャープ組の一戦をリングサイドで観戦。試合後にリングに上がった。

 藤波は前日同様に「オマエは平田だろ! ファンもそう思ってるぞ!!」とマイクで絶叫。直後、マシンはマスクに手をかけ、場内がどよめく中で銀色のマスクを脱いだ。

 しかし、マスクの下から現れたのは素顔でなく、なんと黒のマスク。マシンは初めてマイクを持ち「なぜオレがオマエに言われるままにマスクを脱がなくちゃいけないんだ」と反論した。

 リングを去ろうとするマシンに対して、今度は新日本プロレスの総帥である猪木が「ちょっと待て! コノヤロー!! オマエの正体は平田だ!」とマイクアピールして、マシンにマスクを脱ぐように促す。総立ちの観客は蜂の巣を突いたように大騒ぎとなったものの、マシンはマスクを脱ぐことなく、姿を消してしまった。

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