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2021-06-29

【泣き笑いどすこい劇場】第2回「師匠の悲喜劇」その2

このとき、実は片方の靴下が裏返しだった!

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力士にとって、直径4メートル55センチの土俵は晴れの舞台。汗と泥と涙にまみれて培った力を目いっぱいぶつけて勝ち名乗りを受け、真の男になりたい、とみんな願っています。とはいえ、勝つ者あれば、負ける者あり、してやった者あれば、してやられた者あり、なかなか思うようにいかないのが勝負の世界の常。真剣であればあるほど、思いがけない逸話、ニヤリとしたくなる失敗談、悲喜劇はつきものです。そんな土俵の周りに転がっているエピソードを拾い集めました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載していた「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。第1回から、毎週火曜日に公開します。

土俵の鉄人も動転

師匠がうれしいときは、やはり弟子が番付を上げたときだ。平成18(2006)年夏場所、豊真将(現立田川親方)が初土俵から13場所、負け越し知らずのまま、入幕を果たした。平成16年初場所後に独立した錣山部屋にとっては初の幕内力士誕生だった。

豊真将とともに喜びの昇進会見に出席した師匠の錣山親方(元関脇寺尾)。

「(豊真将の)一番の取りえは人間が素直なところですよ。改善の余地は、まだまだあります。ということは、まだ上にいけるってこと。これからが楽しみです」

と目を細めたが、その直後、ふと目を足元にやり、

「いけねえ」と頭をかいた。なんと右の靴下が裏返しになっていたのだ。

「なんとなく色が違うなって思っていたんですよ。いやはや、ちゃんと見て履いたつもりだったんですがねえ」

錣山親方といえば、体格には恵まれていなかったが、若々しい相撲で39歳まで土俵を沸かせ、「土俵の鉄人」と呼ばれた。くぐり抜けてきた修羅場も数々。しかし、弟子の出世の前にはこうまでして動転してしまうんですね。

月刊『相撲』平成22年12月号掲載

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