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2021-06-15

【泣き笑いどすこい劇場】第1回「ゲン担ぎ」その5

遠目にはそうでもないが、支度部屋で見ると結構、ヒゲが目立つ把瑠都(この写真は平成22年秋場所6日目)

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力士にとって、直径4メートル55センチの土俵は晴れの舞台。汗と泥と涙にまみれて培った力を目いっぱいぶつけて勝ち名乗りを受け、真の男になりたい、とみんな願っています。とはいえ、勝つ者あれば、負ける者あり、してやった者あれば、してやられた者あり、なかなか思うようにいかないのが勝負の世界の常。真剣であればあるほど、思いがけない逸話、ニヤリとしたくなる失敗談、悲喜劇はつきものです。そんな土俵の周りに転がっているエピソードを拾い集めました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載していた「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。第1回から、毎週火曜日に公開します。

勝ち運を自ら放棄?

いったん始めたゲンを自分で勝手に止めると、勝負の神さまから思いっきりヒジ鉄を食らうこともあるから注意しなければいけない。

平成21(2009)年初場所6日目、東関脇の把瑠都は大関琴光喜を上手投げで破り、5度目の対戦で初めて勝った。しかも、白鵬、朝青龍の両横綱と並んで初日から堂々たる6連勝だ。取組後、NHKの殊勲インタビューを受け、ご機嫌の把瑠都、支度部屋に戻って来て自分の取組のVTRをしげしげと見つめ、

「こりゃ、アカン」

とつぶやいた。

何が気に食わなかったかというと、相撲っぷりではなく、初日からゲンを担いで伸ばしていた無精ヒゲで、

「みっともない」

と思ったのだ。外国人力士は、ゲンに対する考え方が根本的に違うのかもしれない。

そして、翌日、連勝がストップしたわけでもないのに、きれいにこのヒゲを剃ってしまった。

すると、翌7日目、あんなにスキがなかった把瑠都が、琴欧洲相手に右足をつらせて前にバッタリ(決まり手は引き落とし)。憮然とした顔つきで引き揚げてきた把瑠都は、

「向こうは絶対、組みにくると思ったはず。だから、その裏をかいて突っ張っていこうとしたら、足が滑っった。失敗だよ」

と肩を落とした。

そればかりか、一日置いた9日目から5連敗して優勝戦線から大きく後退するはめに。完全に勝ち運に見放されてしまったのだ。

「やり始めたら、最後までやり通せ。勝手に止めるんじゃない」

きっと神さまはこうおっしゃっていたんでしょうね。

月刊『相撲』平成22年11月号掲載

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