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2021-08-20

25歳王者・上野勇希が語った絶望と悪なるものへの対処術【週刊プロレス】

左が王者の上野。コーナー上にいるのが“ベルト泥棒”佐々木で、ペイントしている選手はマッド・ポーリ―

DDT初の屋外ビッグマッチとなる8・21富士通スタジアム川崎が迫ってきたが、極めて特殊な状況でもがき苦しんでいるのがDDTユニバーサル王者・上野勇希だ。上野は当日のセミファイナルで“カリスマ”佐々木大輔を相手に同王座7度目の防衛戦を闘うが、このユニバーサル戦線が異例の展開となっている。

 メインイベントは秋山準の持つKO―D無差別級王座に竹下幸之介が挑む真っ向勝負が約束されたタイトルマッチなのに対し、セミの上野vs佐々木は波乱の流れ。挑戦者の佐々木はここ最近、やたらと相手の急所を蹴りまくり、ユニット「ダムネーション」のマッド・ポーリ―を介入させるなどやりたい放題で、キング・オブ・DDTトーナメントでは上野、さらには秋山をも反則三昧で撃破した。

 その後も佐々木は上野に反則駆使で撃破する機会があり、そのさい、怒りの上野が「正々堂々やりましょう」と次期挑戦者に指名し、今回の王座戦は決まったのだ。しかし、すぐさま佐々木はその試合後、またも上野を騙し急所を蹴っ飛ばすと、ユニバーサル王座を強奪。

 “ベルト強盗犯”として、その後は平然と王座を腰に巻いて入場。知らない人が見たら佐々木が王者だと思われる状況で、挑戦者は王者を「チャンピオンにふさわしくない」「プッシュされてるけど、プッシュされる実力がない。プッシュ損」「現代プロレスの悪いところを体現している」など全否定。いくらタイトル戦前とはいえ、普通はひとつぐらい相手を評価する発言を残すものだが、佐々木は一切、上野を認めていないのだ。

 結果的に上野はベルトを取り戻すことができぬまま決戦を迎え、ユニバーサルのベルトは挑戦者である佐々木がこれまで同様、王者然として巻いて入場してくるだろう。チャンピオンとしての責任を感じている上野は「自分の不甲斐なさゆえなので、受け入れるしかない」とまずこの現状を認めたうえで、8・21川崎に臨む。

 これまで6度の防衛に成功してきた上野だが、佐々木は過去、本当にユニバーサル王者だった時期があるし、DDTの最高峰ベルトであるKO―D無差別も戴冠経験がある。実績では圧倒的に負けているのは事実で、今回のベルト強盗に関しては佐々木からすれば、これまで“正々堂々”“真っ向勝負”中心に闘ってきた上野に、プロレスの奥深さを「教育してあげてんだよ」となる。あるいは、正面激突必至となる秋山vs竹下のKO―D戦に対する、佐々木なりの“仕掛け”と見ることもできる。いずれにせよ、ここまでは完全に佐々木の手のひらの上で、上野が転がされている状態なのだ。

 プロレスラーとして、この状況は悲惨である。まして佐々木がベルトを巻いて入場し、本当にタイトルマッチで勝ってユニバーサル返り咲きを果たしたら、上野はV6の実績すら無に帰する痛恨の敗北となるのだ。その意味で、メインに比べ注目が集まりにくかったDDTユニバーサル戦は勝敗がしっかり重要な意味を持つ大一番に化けた。

 絶望が眼前まで迫ってきている上野は、佐々木の闘い方に負けず、ハネ返して防衛することができるのか? 佐々木に対する怒りに満ちていた上野ながら、決戦直前の境地として“ある気づき”があった。

「すごく腹も立ったけど、僕の(闘う)原動力は怒りにはないな…と初めてしっかり思った気がします。自分のあるべきところは“楽しい”だと思っていたんですけど、なかなか気持ちをそっちに変換できていなかった。自分のエネルギーは楽しむこと。いまはチャンピオンとしてタイトルマッチに向かうにあたって、されてはいけないことを全部許してしまっている。必死に抗おう、潰してやろう、正しい道に戻そうともがいていたけど叶わず。僕に残されているのは“終わりよければすべてよし”しかありません。僕の楽しみは、(自らを蹂躙して)楽しんでいる佐々木さんの楽しみを奪うこと。それがモチベーションですね。佐々木さんの楽しみは僕を絶望させることでしょうけど、僕は絶望しないですよ」

 昭和でも平成でもない、いまは令和。上野は25歳の若きチャンピオンだが、怒りではなく「楽しさ」が絶望に対抗する原動力になっている。これは生きにくい現在の世の中に対する、絶望を与えようとしてくる“悪なるもの”への処世術にもなるかもしれない。佐々木が誹謗中傷のごとき全否定をしてきていることにも、王者はこう言い返す。

「佐々木さんの言葉を鵜呑みにするんですか!? 佐々木さんは言葉が強いし、それもカリスマ性として評価されている。でも、僕は佐々木さんの言葉で揺れることはない。佐々木さんが認めていないと言っても、それを覆したいとかもない。なぜなら、(6回も)防衛できてきた、じっさいの自分のなかの結果としての自信もあるからです。別に佐々木さんがどう思ってるかは、なんら興味がない」

 たしかに王者なのに、ベルトがないまま王座戦を迎えるのは恥かもしれない。でも、どんな絶望からも楽しみは見つかる。もちろん闘いだから、川崎でどんな結果が待っているかはわからない。しかし“カリスマ成敗”を狙う上野のマインドは「絶望には楽しさを、全否定は鵜呑みにしない」なのだ。

<週刊プロレス・奈良知之>

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