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2021-12-25

タイガー・ジェット・シンの“タイガー”の名付け親&由来とは?【週刊プロレス】

タイガー・ジェット・シン

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 タイガー・ジェット・シンが住むカナダ・オンタリオ州トロント郊外にあるミルトン市はもともとインド、パキスタンからの移民が多い土地柄。現在も人口が増加し続けており、カナダ国名でも最も成長している地域でもある。

 そんなミルトン市内の新興住宅地に2010年9月、公立校が新設された。校名は「タイガー・ジェット・シン パブリックスクール」。同年10月に行われたグランドオープンでは、来賓として招待されたシンだが、ザ・デストロイヤーも国境を越えて出席した。

 存命中にプロレスラーの名を冠した公立校が開校するのは世界初。地元の新聞では一面を割いて、CBSではトップニュースとして報じられたほか、シンの母国であるインドやパキスタンでもビッグニュースとして流され、インド大統領からは祝福のメッセージも寄せられた。シン自身、「これまで大臣にならないかという話は何度もあった。だけど、すべて断った。私の名前がついた公立校が開校するんだ。決して私が資材を投げうって学校を設立したわけじゃない。地元に認められて私の名前が付けられたんだ。これほどの名誉はない。なんといっても、私の名が永遠に残るのだから。私だけでなく、すべてのインド人にとっても誇らしいことだ」と喜んだ。

 一代でミリオネアに成り上がったシンだが、そのスタートはインドからの移民。とはいうものの、まだまだ明かされていない部分は多い。あらためてシンの素顔に迫ってみる。
※週刊プロレス2010年5月19日号(No.1524)掲載
     
 シンがカナダに移ってきたのは1970年。すでに母国でプロレスラーとしてデビューを果たしていたとも伝えられているが、シン自身は「カナダに渡って来るまでもレスラーだった。でもプロレスラーとしてリングに上がるようになったのはカナダに来てから」と言う。

「多くの金を持って来たわけじゃない。カナダに着いたときには5ドルしかなかった。事業を始めるにも資金がないのだから、体ひとつで稼がないといけなかった。インドではレスリングのトレーニングを積んできたし、それを生かしてと考えた」


 幸運だったのは、そこでフレッド・アトキンスと巡り会えたこと。

「ジャイアント馬場を教えたというのはあとから知った。とにかくアトキンスのトレーニングは厳しかった。スクワット、プッシュアップ、シットアップを何百回もひたすら繰り返すんだ。地道なトレーニングを長く続けないとプロとして長く生きていけないというのが彼の教えだった。トレーニングは苦しかったが、今もこうやってグッドコンディションをキープできるのは、アトキンスのおかげだと思っている」

 アトキンスのコーチを受け、フランク・タニー(トロント地区のプロモーター)に紹介されてカナダでデビューしたシン。“タイガー”を名乗り始めたのは、その後すぐだった。

「タイガーというのは、アトキンスがつけてくれたんだ。重いバーベルを担いでスクワットをしていたんだが、その重量に潰されそうになった。それでも必死になって担ぎ上げたんだけど、その姿を見ていたアトキンスが『オマエのその表情はアニマルのようだ。それも猛獣。そう、タイガーのそれだ』と言われた。それからオレはタイガーを名乗るようになった」

 この「タイガー」のワンワードが、その後のシンの運命を変えていった。

橋爪哲也

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