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2022-06-21

【泣き笑いどすこい劇場】第9回「力士の気持ち」その2

ぐっと口を結んだ武蔵丸。写真はイメージ

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2011年、「どうしてこんなことを?」と耳を疑い、目をこすりたくなるような凄惨な事件が多発しています。人間性や、人間関係が崩壊してきているんでしょうか。悲しいですね。その点、丸い土俵に青春のエネルギーをぶつけている力士たちはまだまだ純です。このところ、不祥事やトラブルが相次ぎ、「馬鹿野郎、いい加減にせえ」と怒鳴りつけたくなるときもありましたが、少なくとも彼らが垣間見せる言動は理解の範囲内。「いや、その気持ち、よくわかるよ」と肩をたたき、抱き締めたくなるようなことが多い。そんな力士たちの素直な気持ちがにじみ出たエピソードを紹介しましょう。黒星は雨のせい?

言葉にならない


芝居の中の主役の引き立て役、いわゆる脇役は、ある意味で主役以上に芸達者でないとできないが、勝負の引き立て役はなかなか辛く、耐え難いものがある。

平成13(2001)年の横綱武蔵丸(現武蔵川親方)は、

「勝負の女神はオレを嫌っている」

と思い、きっと天を恨んだはずだ。まず初場所千秋楽、全勝で先頭を走っていた横綱貴乃花を引きずり降ろし、優勝決定戦に持ち込んだものの、激しい攻防の末に敗れて優勝を逸した。優勝した貴乃花は実に2年4ヵ月、14場所ぶりの優勝だった。
 
さらに、1場所を置いた夏場所千秋楽、またまた前日の武双山(現藤島親方)戦で右ヒザに重傷を負い、歩くのもやっと、という貴乃花に勝ち、再び優勝決定戦にもつれこんだが、非情に徹しきれず、またしても敗れた。

「この野郎! 土俵に上がったら、同情するんじゃない」
 
と師匠の武蔵川親方(元横綱三重ノ海)に大目玉を食い、翌日から稽古を命じられたのはこのときのことである。
 
この二つの引き立て役ですっかり自信がグラついた武蔵丸、名古屋場所からは貴乃花が長期休場に入り、ひとり横綱になったが、終盤、大関魁皇に競り負け、次の秋場所は琴光喜、朝青龍、海鵬、玉春日(現片男波親方)、栃乃洋(現竹縄親方)らに金星を献上、9勝6敗と二ケタ勝ち星のラインを割った。1場所5個の金星献上は史上ワースト記録。つまり、完全な失速状態に陥ったのだ。

「このままだと、オレは負け犬だ」
 
こう思った武蔵丸は秋場所千秋楽の翌日、廻しを締め、上からドロ着をはおると、荒川区東日暮里の武蔵川部屋から上野公園にある自分によく似た西郷隆盛の銅像の前まで、気分転換の散歩、というよりもウオーキングを始めた。武蔵川部屋から西郷隆盛像まで往復5キロもある。汗びっしょりになって部屋に戻ってくると、師匠の前で黙々と四股を踏む。こんな生活を秋巡業に出発するまで続けた。復活を賭けた気合の早朝ウオーキングだった。
 
そして、迎えた九州場所、武蔵丸は13勝2敗で7場所ぶり9度目の優勝を果たした。14日目の優勝決定、というぶっちぎりの優勝だった。ようやく貴乃花ショックを克服したのだ。闘い終え、大勢の報道陣に取り囲まれた武蔵丸は、

「この気持ち、言葉では言えないよ」
 
とつぶやくと、ホッと小さな安堵のため息をついた。

月刊『相撲』平成23年7月号掲載

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