勝負の神様はきっと、とてつもないイタズラ好きに違いない。その証拠に、思いもしないところに落とし穴や、隠しトビラを作り、フイをついて立ちすくませたり、足元をすくったりして、目の色を変えて闘っている力士たちを慌てさせたり、冷や汗をかかせたりして喜んでいるのだから。そうとしか思えないようなハプニングが土俵の周りではよく起こります。そんなとき、土俵上では見られない人間臭さが垣間見えるのもまた、事実です。そんなビックリドッキリの面白ハプニングを紹介しましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。
大横綱の遅刻騒動 天下に名を成す者と、そうでもない者とはどこが違うのか。人間だからチョンボやミスはする。でも、それを取り戻す強い精神力を持っていることだ。
平成21(2009)年名古屋場所千秋楽、優勝マジックを1としていた横綱白鵬は、午後1時50分に宿舎を出発し、会場の愛知県体育館に向かった。これでも十分、余裕をみた時間だったが、途中で大渋滞に巻き込まれ、愛知県体育館に到着したのは55分後の2時45分だった。
千秋楽には協会御挨拶などの行事があり、三役以上の力士も理事長とともに土俵に上がり、ファンに挨拶する。この日、この時間が十両の結び3番前の午後2時40分に組まれていた。白鵬が現れたのはその5分後で、とても間に合わない。しかし、看板の横綱がいなくては挨拶にならない。そこで、協会は急きょ、十両の取組後に延ばし、白鵬の到着を待つことにした。そこに、白鵬が、
「お客さん、待った?」
と言いながら息せき切って飛び込んできたのだ。
もう支度部屋の開荷のところまで行く時間もない。そこで、付け人たちが持ってきた廻しを関係者入り口の隅で急いで締め、土俵に駆けつけたが、なんともバツの悪い顔からも気が動転していることが窺えた。しかし、それから2時間半後、白鵬はこんな騒ぎがあったことを微塵も感じさせない相撲で朝青龍を投げ捨て、14勝1敗で2場所ぶり、通算11回目の優勝を達成。
「ああいうことがあったので、(厄払いして)かえって良かったかもしれない」
とひと際、大きな笑みを浮かべた。
この遅刻騒動、白鵬が初めてではない。昭和41(1966)年九州場所千秋楽には、横綱大鵬も協会御挨拶に遅刻している。このときは先延ばしすることなく、大鵬欠席のまま、強行された。遅れて到着した大鵬は、その足で役員室に向かい、協会首脳に謝罪。時津風理事長(元横綱双葉山)に、
「時間は正確にしないといけない」
と厳しく叱責されたのは言うまでもない。しかし、結びの相撲では微塵も動揺を見せず、通算23回目の優勝を16場所ぶり、4度目の全勝で飾った。大の字がつく横綱は失敗の穴埋めをする術を知っている。
月刊『相撲』平成23年8月号掲載