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2022-09-22

【陸上】しっかりとした土台が “同じ動き” をつくる 世界選手権・男子100m準決勝進出の坂井隆一郎が10秒00を狙う

坂井が大学時代からコツコツ積み上げてきた基礎が今日の活躍を支えている(写真/椛本結城)

男子100mで今季、日本歴代7位タイとなる10秒02をマークし、オレゴン世界選手権に出場。そのオレゴンで準決勝進出を果たした坂井隆一郎(大阪ガス)にとって社会人3年目となった2022年は飛躍の1年となった。大学時代から師事する吉田浩之氏(群馬大)のトレーニングが坂井の走りを大きく変え、今日の活躍へとつながっている。再び世界大会の舞台に立ち、ファイナリストへ。坂井の挑戦は始まったばかりだ。

いつもと同じ動きを世界陸上でも

坂井がオレゴン世界選手権で注目されたのは、国内大会と同じ動きができるのか、という点だった。6月の布勢スプリントで10秒02(+1.1)を出したときから、「彼の動画を見るとどの局面も、どの試合でもほぼほぼ一緒なんです」と大阪ガスの小坂田淳監督は強調していた。

U18、U20で代表になれなかった坂井にとって、オレゴンは個人種目では初めての世界大会。国際大会の経験不足は否めなかったが、予選4組を10秒12(+0.2)の3位で着順通過。準決勝はさすがに突破できなかったが、2組で10秒23(+0.1)の6位と、萎縮して力を発揮できないパターンにはならなかった。

坂井はオレゴンのレース直後に、自身の走りを以下のように振り返っていた。

「(予選は)緊張していた部分はありましたが、スタートから中盤に関しては自分の持ち味を出せたと思います。後半で絶対に来るんだろうな、という選手が多かったので、そこを意識して少し硬くなってしまった。日本のレースのように冷静になって走ることができなかったので、そこは反省点でした」

「(準決勝は)スタート自体は決めることができたのですが、中盤、後半は他の選手が来て、硬くなってしまった。タイムも予選より0秒1落ちている」

国内レースと同じ精神状態を保てなかったことが坂井のコメントからわかる。だが動きへの影響は、特に予選に関してはなかったと小坂田監督は見ている。

「緊張していたようですが緊張しても何しても、いつもの動きを出せる下地を、徹底した練習で身につけていたんです。明るく元気にいつもの力を出してくれました」

坂井の練習は徹底した動きづくり、筋力養成のドリルが大半を占め、走るメニューはほとんど行わない。小坂田監督が「こんなアプローチのトレーニングがあるんだ」と驚いた練習内容である。

走らないメニューでも強くなると理解

母校の関西大で、東佳弘コーチ(ロンドン五輪4×400mR代表)の現役時代の指導に関わった吉田浩之氏(群馬大)と出会い、吉田氏の提唱する独特のメニューを行ってきた(詳しくは陸上競技マガジン10月号誌面で紹介)。

正確な動きでスピードを速めるための、ハードルを使ってその場で行うメニューが多い。その動きを続けることで筋力や持久力向上にもつながる。スタートダッシュと組み合わせた加速ドリルも行い、実際の走りにつなげていくが、五輪3回出場の小坂田監督には「前に進むメニューがほとんどない」と感じられた。

その走らないメニュー(走るメニューが少ない練習)で強くなれると、坂井はどうして思ったのか。

「メニュー自体は地味のものが多くて、当初はこれで本当に強くなるのか疑問がありましたが、実際、走りが変わってきました。僕の走りは大学2~3回生くらいまで、脚が流れて後半は脚が上がらない走りでした。それが吉田さんのメニューで腸腰筋を鍛えることで変わってきたんです。脚があまり流れなくなって、後半も脚が上がるようになってきた。このメニューは合っているんだ、と思うようになったんです」

吉田氏によれば「坂井君はセンスがあるから理解できた」という。吉田氏は直接指導できる機会が少ないため、試合のアップを見て動きの修正を指示することもあった。「大学3年のシーズンは棒に振るかもしれない」と吉田氏から言われても、坂井は納得した。

大学時代は関西大の練習のなかに、吉田氏のメニューを取り入れていたが、大阪ガス入社後は吉田氏のメニューに練習のほとんどを費やすようになった。

「ほぼ動きづくりと筋力アップで終わるメニューで、練習自体あまり走らないので、本当にそのメニューだけでその日の練習が終わるような感じです。長ければダウンとか色々含めて3時間弱なのですが、2時間くらいは吉田さんのメニューをやっています」

吉田氏のメニューは、ピッチの速い前半型の選手により適している。昨年までは後半で抜かれるレースが多かったわけだが、坂井は後半を重視したメニューを行うつもりはまったくなかった。

「後半で抜かれると、後半を強化しないといけない、と考えると思うんですが、今のスタートを壊したくなかった。後半を強化するというより、前半中盤で今よりもっと離す。抜かれるときはそこまで差がなかった、余力がなかったととらえていました。スタートに研きをかけて、その延長線上に(強くなった)今シーズンの中盤、終盤の走りがある、と思います」

坂井の考えは、走りと同じようにブレがなかった。

来年の日本選手権決勝で10秒00を

今後は回数やセット数を多くして、個々の練習の強度を上げていくとともに、組み合わせて走りの動きにつなげる部分の精度を高くしていく。今季もその傾向は現れ始めて記録につながっているが、後半のスピード維持能力がより向上していく。

吉田氏は来年の目標を「日本選手権決勝で、無風の条件なら10秒00を出す」ことと設定している。その力をつければ、気象条件に恵まれれば9秒95の日本記録は更新できる。日本選手権という緊張の大きい舞台で出せるようになれば、坂井なら国際大会でも同じタイムを出せる。

「吉田さんのメニューは最後までヒザの高さを変えませんし、同じ動きを続ける目的もあるので、ずっと同じ動きができる。体が覚えているんです。変に緊張したり力んだりしなければ、染みついているものが自然と出るので、動きは変わりません」

オレゴンの準決勝では後半で硬さが出たが、緊張を“良い緊張”に変えられれば、国際大会でも国内レースと完全に同じ動きができるだろう。日本選手権で(無風の)10秒00を出せるようになれば、世界大会の準決勝でも同じタイムが出せる。これは坂井も、100mのファイナリスト有力候補になれることを意味している。

オレゴン世界選手権では準決勝に進んだ坂井(右)。個人種目で自身初となる世界の舞台で持ち味のスタートが生きることを再確認した(写真/三尾圭)
オレゴン世界選手権では準決勝に進んだ坂井(右)。個人種目で自身初となる世界の舞台で持ち味のスタートが生きることを再確認した(写真/三尾圭)

文/寺田辰朗 写真/椛本結城、三尾 圭

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