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2020-09-03

【BBMカードコラム #2020-19 BBM 30th Anniversary】BBMカード30年に思う「投手分業制の進化」を追う

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BBMカードの編集担当が担当アイテムについて考えることを綴るのがこの連載。今回は、BBM30周年カードを作る中で、この30年間で起こった球界の変化「投手分業制の進化」について触れていきます。

300投球回クリアは1978年が最後

 BBMカードが1991年にスタートしてから今年で30年目を迎えるわけですが、この30年で日本球界が大きく変わったと思われる点は投手の分業制の進化です。

 NPBで「セーブ」が制定されたのが74年で、投手の分業制はこのころからスタートしたと考えられますが、当時はまだ先発と救援がきっちり分けられていたわけではなく、シーズン終盤の大事な場面になると、先発の大黒柱であるエース投手が突如として救援登板してピンチを切り抜けるというシーンがしばしば見受けられました。

 それは90年代ぐらいまで続いたと思うのですが、00年以降になると先発は先発、救援は救援と役目がきっちり分かれるようになりました。現在、ともにMLBにわたっている下記4投手の日本時代の登板の内訳を見ると、ほぼ先発に専念していたことが、お分かりいただけると思います。

ダルビッシュ有 登板167 先発164 セーブ0 ホールド1
田中将大 登板175 先発172 セーブ3 ホールド0
前田健太 登板218 先発217 セーブ0 ホールド0
大谷翔平 登板85 先発82 セーブ0 ホールド1

 前田健太などデビューイヤーの08年に1試合救援登板した以外は、すべて先発でセーブもホールドも記録したことがありません。

 もう一つデータを挙げると、かつてはシーズン300イニングを投げる投手も珍しくなかったのですが、78年の東尾修が303回1/3を投げたのを最後に消滅。以降セ・パ両リーグの最多投球回は200イニング台で決していたのですが、00年のセ・リーグはバンチの184回、パ・リーグは前川勝彦の173回が最多と、ついに大台を割ってしまいます。以降の20年間で最多投球回が200イニングを超えたのはセ・パともに13回ずつ。

 かつてはセ・パで毎年20人程度がいた規定投球回超えの投手は近年では10人台が常態化。18年にはセが8人、パが9人とついに1ケタ台に突入し、昨年もセが9人、パが6人と、もはや絶滅危惧種状態です。

 ここまでクリアするのが難しくなってくると規定投球回の係数の見直しが必要かもしれません。現在の規定投球回は所属球団の試合数×1.0で求められていますが、この1.0を0.8などに引き下げるのです。

 話は脱線しますが、この試合数×1.0が規定投球回となったのは66年からで、それ以前は試合数×1.4の年もあれば、セ・パで適当な数字を決めていた年もあったのです。63年のパ・リーグのそれは210イニング。現在なら規定到達者は「なし」になってしまいます。

 自分の時代に当たり前だったことが、後の時代に当たり前でなくなることはプロ野球に限らず、いろいろな局面で起こります。日本球界の投手のありようの変化に30年という時の長さを感じた次第です。(しゅりんぷ池田)

No.099 ダルビッシュ有(日)

No.103 田中将大(楽)

No.104 前田健太(広)

No.108 大谷翔平(日)

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