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2023-08-25

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第12回「泣いたり笑ったり」その1

平成27年初場所2日目、千代鳳はインフルエンザのために休場し、不戦敗を喫した

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人生って、おもしろいですね。
いいこともあれば、悪いこともある。ホラ、よく言うじゃありませんか。降り止まぬ雨はないし、朝の来ない夜はないって。
どんなに辛いことがあったって、いつかは笑い話に変わる日もやって来ます。
決して捨て鉢になってはいけないってね。
みんな、泣いたり、笑ったりしながら生きているんですよ。
力士たちもまさにそうです。たとえ自分の思うようにいかなくても、あきらめずにコツコツとやっていれば笑う日が来ると信じているからこそ、がんばれるんです。
そんな泣き言と笑い話が背中合わせのエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

不戦敗後不戦勝

闘わずして勝ちを得る。こんなに楽で、また無傷な勝ち方はありません。中国の古典の「孫子の兵法」にも、この勝ち方を最上の勝ち方と記している。相撲で言えば「不戦勝」だ。
 
逆に言えば、闘わずして勝ちを献上する「不戦敗」ほど心が傷つく負け方はない。戦えば、たとえ相手がどんなに強くても、ひょっとすると土俵の砂に滑って転ぶかもしれないのに、そんな淡い期待すらあきらめてミスミス勝利をプレゼントしなければいけないのだから。
 
平成27(2015)年初場所はインフルエンザが大流行し、力士たちもダウン者が相次いだ場所だった。2日目には西前頭7枚目の千代鳳(現大山親方)も休場を余儀なくされ、

「インフルエンザA型のため、本日から休場です」
 
と場内放送れると、場内からドッと心無い笑い声が起こった。力士と言えば、人一倍頑健というイメージがあるだけに、千代鳳、お前もか、という思いだったのかもしれない。
 
この笑い声を聞いた実兄の千代丸は支度部屋でこう言って弟に同情していた。

「みなさん、あの場内放送を聞きましたか。笑うところではないと思いますけど。本人がテレビで見ていたら、きっと今ごろ、泣いていますよ」
 
この千代鳳の症状がようやく収まり、土俵に復帰したのはそれから3日後の5日目。

「初日が終わってフラフラしたので、相撲診療所にいったら熱が38度5分あった。(インフルエンザが)ほかの人に移らないように3日間、個室に寝ていました。テレビを見てはがゆかったですね」
 
と千代鳳は悔やんでいたが、天は見捨ててばかりはいなかった。5日後の10日目、相手の常幸龍が右ヒザのケガで休場し、今度は一転して不戦勝となったのだ。その場所で不戦勝、不戦敗の両方がつくのは平成14年名古屋場所の海鵬以来、12年ぶりのことだった。まさに人生、泣いたり笑ったりだ。勝ち名乗りを受けて支度部屋に戻ってきた千代鳳は、つい8日前は逆の立場だっただけに、

「(今日は)いい休養とリフレッシュになった、でも、相手の気持ちを思うと、複雑ですよ」
 
と微妙な顔をしていた。

月刊『相撲』令和2年3月号掲載

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