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2026-04-21

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第38回「号泣」その1

平成25年初場所、初日から8連敗していた雅山は、9日目にようやく初白星。ホッとした表情で勝ち名乗りを受けると、支度部屋に戻って号泣した

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勝って泣き、また負けて泣く。
平成25年秋場所、松鳳山や碧山が横綱日馬富士から金星を挙げ、号泣した場面がありました。
最近は、泣きたくてもなかなか素直に泣けない鉄仮面人間が増えていますが、力士たちはまだまだ心が純なんでしょうか。
過去にも実にさまざまな場面で、多くの力士たちが感情を抑えきれずに大泣きしています。
今回はそんな涙にまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

白星後二度の号泣

泣きっぷりのよさで右に出る者がいなかったのが雅山(元大関、現二子山親方)だった。その豪快な泣きっぷりを最初に見せつけたのは平成13(2001)年秋場所9日目。当時大関の雅山は東前頭4枚目の海鵬に引き落とされた拍子に左足首を痛めた。外くるぶしと足根骨の脱臼で全治2カ月という重傷。翌10日目から休場を余儀なくされ、8場所務めた大関からの転落が決まった。

ケガが癒え、土俵に復帰したのは3場所後の翌年春場所。番付は東前頭8枚目になっていた。その初日、まだ健在だった両親から、「これからもスクスクと伸びるように」という願いをこめて贈られた若竹色の真新しい廻しを締めて登場した雅山は、西前頭7枚目の玉春日(現片男波親方)を寄り切って白星発進した。実に174日ぶりの勝ち星だった。

大声援の中を支度部屋に引き揚げてきた雅山は、風呂場の入口で声をあげて泣き、

「勝ち越しでも、優勝でもないのに、あんなにたくさんの拍手をもらって、本当にうれしかった。まだ24歳。やり直しのきく年齢だから、早く復活できるようにがんばりますよ」

と大きくうなずいた。

それから11年たった平成25年の初場所9日目、雅山はもう一度、涙腺のゆるさを披露している。

突き押しを武器に若々しい相撲を見せていた雅山もさすがに年月には抗いがたく、この35歳の場所は番付も幕尻の東前頭16枚目まで下がり、しかも初日から8連敗。大関経験者は過去1人しか取ったことがない、という屈辱的な十両転落が決定的な中、9日目、西前頭12枚目の玉鷲を懸命に引き落としてようやく初白星を挙げた。館内から沸き起こったあたたかい拍手に送られて引き揚げる花道で、雅山は人目もはばからず、大粒の涙を派手にこぼし、号泣した。

「勝った瞬間の拍手が大きくて、ありがたくて、グッとこみあげてきて、我慢できませんでした。記憶に残る白星です」

と雅山は声を震わせ、

「人間、子どもができると涙もろくなるんですかね」

と小さく笑った。このハートの熱さが長持ちの秘訣だったのかもしれない。次の春場所千秋楽、十両でも大敗してついに引退を表明したが、大関陥落後、68場所も現役を続けた力士は過去にいない。

月刊『相撲』平成25年12月号掲載

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