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2019-12-29

<もっと楽しく安全に>女子野球の規定を考えるpart.1 女子野球も選手ファーストへ

子どもから大人まで。女子野球選手のケガと競技能力の実態

 そもそも今回の男子の球数は、どのようにして決まったのだろうか。日本高野連や全日本軟式野球連盟は、日本スポーツ臨床医学会や日本整形外科学会がもつ、球数調査やケガに関するデータを根拠にしている。

 また、アメリカに本部をもつポニーリーグは、MLBが14年に制定した年齢別(2歳刻み)の球数の指針「ピッチスマート」を基にしたという。

「ただし、この数字はアメリカ人のものです。ですから慶友整形外科病院の古島弘三医師に協力を仰ぎ、先生と我々がもつ日本の子どもたちのケガのデータと照らし合わせ、アメリカ人より1段階若い年齢の球数を参考にして数を決めました」(那須勇元ポニーリーグ専務理事)。

 女子も医学的データや実態調査に基づいて規定を作ればいいのだが、残念ながら参考にできるデータが非常に少ない。大正時代に文部省や地方自治体が「女子の美徳に反する過激な競技」というレッテルを女子野球に貼ったために、100年近くもの間、女子選手の研究が進まなかったからだ。世界的に見ても女子野球の研究は少なく、それが女子選手を野球障害から守る動きを遅らせている。

 それでも近年、女子野球の現場からさまざまな情報が発信されるようになった。
 たとえば、愛知医療学院短期大学女子軟式野球部の元監督である鳥居昭久教授は、10年に軟式の大学女子野球選手にアンケート調査を行い、女子のケガは肩関節の障害が最も多く、続いて下肢障害(足関節、膝関節)、肘関節の順だったと報告している(注2)。男子野球選手のデータと比較すると(円グラフ)、女子は男子より肘関節や腰の故障が少ない代わりに、下肢障害が多いのが目を引く。

 また、愛知医科大学病院リハビリテーション部の尾関圭子氏らは、14~16年に愛知県代表の女子学童野球選手の関節可動域の調査を行い、女子は男子より上肢の関節可動域の左右差が大きく、下肢は左右差がないこと、またそれにより女子児童の野球動作は上肢に依存している可能性を指摘している(注3)。

 女子プロ野球選手のケガについては、リーグ創設当初から監督、統括ヘッドコーチなどを務めた松村豊司氏が「肩の脱臼、ヒザの関節が外れる、前十字靭帯損傷といったケガが多かった」と語っている。
 その女子プロ野球選手の研究は、彼女たちのメディカルチェックを担当した理学療法士などによって、いくつかの報告がなされている(注4)。

 女子野球選手の基本的競技能力の研究には、筆者が2017年に行った全国の女子軟式野球選手(中学生、高校生、大学生、社会人)を対象にした調査がある(注5)。50m走、ベースランニング、球速、遠投、スイングスピードの5種目の記録を取って、競技能力の年齢による変化などを調べ、合わせて女子中学生と男子中学生の記録の比較も行った。中学3年時の男女差はベースランニング13.4%、投球速度22.8%、遠投距離30.7%、スイングスピード13.6%で女子が低く、また走力と投力、打力の男女差は一律ではないことが分かった。

 このように女子野球選手のケガや競技能力の特性は複雑で、決して男子の○%というような単純計算で語れるものではない。前段では女子の球数の上限を、イニング数の違いから389球と仮定したが、実際はそんなに単純なものではないだろう。

 女子野球選手がケガなく、また長く野球を楽しめるように、女子野球にかかわるすべての野球連盟は早急に医学界と手を結び、女子選手の実態調査を行ってほしい。また、単に規制するだけでなく、継続的に勉強会を開いて、得られた情報や女子ならではの指導法などを、指導者たちに周知することも大切だ。

 男子野球界がようやく選手の安全優先に舵を切った今、女子野球界も遅れてはならない。

注1)「平成28年度中学野球(軟式・硬式)実態調査 調査報告」全日本野球協会ほか、平成29年
注2)(参考資料)「女子野球における障害特性と指導の為の考察 : 全日本大学女子野球選手権大会の参加チームへの調査とA短大野球チームの活動記録から」鳥居昭久、愛知医療学院短期大学紀要5,2014
注3)「学童女子野球選手における関節可動域の特性-第2報-」尾関圭子ほか、第52回理学療法学術大会抄録集 
注4)「女子プロ野球選手の可動域特性-男子大学生との比較」平本真知子ほか、日本臨床医学会誌21,2013
注5)「女子軟式野球選手の基本的競技能力調査報告」飯沼素子、鳥居昭久、スポーツパフォーマンス研究11、2019

飯沼素子氏が運営する女子野球情報サイト「がんばれ!女子野球」
(「女子軟式野球選手の基本的競技能力調査報告」の論文も閲覧可能)

PLOFILE
飯沼素子(いいぬま・もとこ)
大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。息子が少年野球を始めたことから野球の取材を始め、2008年から女子野球の取材も行うようになる。11年には女子野球情報サイト「がんばれ!女子野球」を立ち上げた。日本スポーツパフォーマンス学会会員。著書『改訂版 花咲くベースボール 女子硬式野球物語』がamazonにて発売中。

文責◎ベースボール・クリニック編集部

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