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2026-10-13

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第41回「失敗」その3

かつて「ソルトシェーカー」の異名を取った水戸泉

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この世の中、どこを突っついても一点のスキもない完璧な人間なんか、いません。
みんな、どこかになんらかの弱点や傷を秘めているものです。
だから、大小はともかく、失敗、ミスをしでかすんですね。
でも、失敗するのも人間らしくていいじゃないですか。
なんの失敗もしない人間なんか、きっとつまらなくて、肩が凝って、付き合えたものじゃありませんよ。
大相撲界にも失敗談は山ほど転がっています。
それも漫画チックなものからシビア過ぎるものまで、実にさまざまです。
そんなミステークにまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

自らまいた「塩」!?

土俵に雪が降り積もったような大量の塩まきで人気を博した力士、と言えば、古くは若秩父、水戸泉(現錦戸親方)、現在(平成26年当時)は旭日松だ。

平成4(1992)年名古屋場所には平幕優勝もしている水戸泉が豪快に塩をまくようになったきっかけは、待望の十両に昇進した入門7年目の昭和59(1984)年夏場所のことだった。初日から3連勝と好スタートを切ったものの、4日目に完敗した。すると、「もうこのままずっと勝てないのじゃないか」と心配で居ても立ってもいられない。その夜、青い顔をしていると、古手の幕下力士が見かねてこうアドバイスした。

「関取、たった1つ負けたぐらいでクヨクヨするなって。明日からパーっと景気よく塩でもまいてみなよ。ヘタな心配は吹っ飛ぶから」

それもそうだ、と思い直した水戸泉は、翌々日の6日目からアドバイス通り、屋形の天井にぶつけるような勢いで塩をまき、その場所、みごと9勝6敗と勝ち越した。どうして翌日の5日目からではなく、1日置いた6日目になったかというと、翌日の5日目は相手が休場して不戦勝になったため、塩をまけなかったのだ。

旭日松も、塩を大量にまくようになったきっかけはやはり負けだった。十両になって4場所目の平成24年夏場所、旭日松は初日からなんと10連敗もしてしまった。何をやってもうまくいかなかったのだ。もうどうしていいのか、分からない。11日目の朝、

「塩でも思いっきりまいたら、相手が驚いてひるむかもしれない」

と思い、さっそくその日、右手にてんこ盛りしてまいてみた。半ば捨てバチだ。すると、どうだ。相手の芳東(西十両3枚目)がズルズルと後退。なんなく押し出して勝ってしまったのだ。これをきっかけに流れがガラリと変わり、この場所、残る4日間も4連勝。もうこうなると大量塩まきは止められない。以来、塩まき男と言えば旭日松の代名詞になった。

とはいえ、やたらまけばいいってものでもない。それから3場所目の九州場所3日目、旭日松はいつものように土俵上が真っ白になるぐらいハデに塩をまいた。ところが、なんとしたことだ。その塩に足を滑らせて、立ち上がった途端、バッタリと手を着いてしまった。決まり手は相手の千代の国(現佐ノ山親方)の叩き込み。大失敗だ。首を振りふり引き揚げてきた旭日松は、

「塩で滑った? 見ていた人はそう思ったでしょうね。でも、こんなことで(大量)塩まきは止めませんよ」

と妙に力を込めた。相手が塩だけに、きっと、まあ、塩がない、いや、しょうがないと割り切ったのだろう。この誓約通り、旭日松のハデな塩まきはその後も続いた。

月刊『相撲』平成26年3月号掲載

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