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2020-02-07

【競泳・歴代トップスイマー比較考察】第19回:男子自由形 R・スクーマン(南アフリカ/2000年代)×C・ドレッセル(米国)

野口智博氏による競泳・歴代トップスイマー比較考察。今回は2004年アテネ五輪400mフリーリレー優勝、100m自由形2位、50m自由形3位のローランド・スクーマンと、現在の米国のエースとなったケーレブ・ドレッセルです。

(写真)2000年代の名スプリンターのスクーマン(左)と、現在の最速・ドレッセル。ともにスタートから浮き上がりでリードを奪う(写真◎Getty Images)

 2004年アテネ五輪男子400mフリーリレー。なんと南アフリカの第一泳者がとんでもない飛び出しで、前半50mを22秒62でターン。最後はバテたものの48秒17で泳ぎきり、なんと2位以下に1身長以上の差をつけて、そのまま一気に第三泳者まで驀進。アンカーは1500mでも実績があるリク・ニースリングで、米国チームのアンカーのジェイソン・レザクをまったく寄せ付けず、というか、ニースリングを追いかけたレザクは、最後に完璧に失速してしまい、隣のオランダのアンカーだったピーター・ファンデンホーヘンバンドにまくられ、3着に沈んでしまうという…競泳史上初の、南アフリカ男子選手金メダル獲得のシーン。その先鞭(せんべん)を切ったのが、第一泳者、今回登場するローランド・スクーマンです。

(参考動画)アテネ五輪男子400mフリーリレー決勝

Men 4x100m Freestyle Relay FINAL Athens 2004 Olympic Games NBC

www.youtube.com

 スクーマンは、オリンピックでは個人の金メダルはないものの、とにかく、いつどこの国際大会に行っても、必ずスタートから先頭に立つ、スタート巧者。クロールだけでなくバタフライも速く、短水路であれば平泳ぎでも、専門職の選手たちを尻目に、スタートだけで逃げ切れるほどの、圧倒的な絶対スピードを持つ選手です。
 対するは、今をときめくスピード・スター。ISL(国際水泳リーグ)決勝大会では50m自由形を20秒24の短水路世界新で制した、スタートに定評があるケーレブ・ドレッセル(米国)です。本誌2019年12月号では、順天堂大・武田剛先生がスタート技術について解説されていますが、ここでは、そこでおそらく文字数の関係で(笑)言及されなかっただろうと思われる点や、彼らの入水後から浮き上がりの「ブレイクアウト局面」(浮き上がり)にフォーカスして、彼らのテクニックやスキルを解説してみたいと思います。

スタートから入水まで
時代が飛び出し角に影響?

 スクーマンは、台上で構えてから両腕をバタフライのリカバリーのように振り、空中姿勢に入り、入水後は6回のドルフィンキックで浮上します。潜る距離は、バタフライのときより、クロールの方が少し短めになっています。
 ドレッセルも腕の振りはスクーマンに似ていて、ドルフィンキックは6回。こちらは動画が100m自由形のレースのため、キック頻度はやや遅めですが、確実にスピードに乗って浮き上がっているのがわかります。
 台上動作で言及しづらいところのひとつは、両者に共通する腕の振り方。両腕をバタフライリカバリーで振り出すところですが、このリカバリーが有利だという客観的な検証は、実はまだありません。何人かの研究者がトライしましたが、結論としては、バタフライリカバリーだから「何かが有利になる」ということは、ないということです。しかし、世界のトップのふたりが共通するということは、直接の効果がないとしても、間接的に何かに影響を与えているため、このテクニックを用いているのだと思います。
 バタフライリカバリーの利点は、脚の蹴りだけでなく、腕の引きの強さを実感できる点です。実際にスタート台にセンサーをつけて計測しても、腕で強く台を引くことで、スタート台に対する力積が、必ずしも大きくなるとは言いにくいのですが、このテクニックが完全にスキルとして定着している選手であれば、その人が腕をコンパクトに振る場合と比較して、より強く台に力を伝えられるのではないかと考えることはできます。ただ、台に力を強く与えても、その反力がどこの方向へ向かうのかによって、スタートのパフォーマンスは変わります。
 スクーマンは、彼が選手として育った時代を鑑みると、バックプレートがない時代に世界のトップに立ったので、クラウチングスタートの名残で飛び出し角度がやや大きく(やや上方向へ飛び出す)なっています。入水角度もそれなりに大きくなるので、深めに入水する傾向があります。対してドレッセルは、バックプレートが開発された後に世界に出てきた選手なので、バックプレートの特性を利用し、飛び出し角度が小さく(水平に跳ぶ)入水角度が小さいのが特徴です。 
 そういった点を鑑みると、おそらく、スタート台を腕で強く引くことで、飛び出し角を高めにしてより遠くへ跳ぶ(スクーマン)、または、腕を後ろに引くときの背中を反るような勢いを使って、より水平に速く飛び出す(ドレッセル)目的というか、その利点を体感しているために、この腕の振り方をふたりが採用しているのだと思われます。ふたりに共通するのは、その結果、手の着水位置がほかの選手より若干遠いということですね。これは動画を見ていただけたら一目瞭然です。
 飛び出し角、入水角はふたりとも異なるものの「より遠くへ跳ぶ」ことは、どうやら共通しているようで、結果的にそうなるような腕の振りを採用しているということです。

入水からブレイクアウト(浮き上がり)まで
バタ足への切り替えに共通点

 入水〜ブレイクアウトはどうでしょう? 入水後のドルフィンキックから浮き上がりで、ふたりは必ずそのレースで先頭に立つ、ふたりが出ているレースでは先頭を争う形になりますが、ドルフィンキックの打ち方は、少し違いがあります。
 スクーマンは、上体を固めて胸郭から骨盤—足先へとうねりを使い、幅が小さくキレの良いドルフィンを打ちます。対してドレッセルのキック幅は意外と大きく、しかも上体をわりと大きく上下に動かして、手先からうねっているように見えます。
 正面からの見た目の面積が大きいと、身体が受ける水の抵抗が大きくなるので、これまでは、スクーマンのような上体を固めるドルフィンの打ち方が、推奨されてきました。しかし、近年は女子背泳ぎのリーガン・スミス(米国)もそうですが、意図的に上体からうねるようなドルフィンを打つ選手が増えてきました。
 これにはちょっとしたカラクリっぽい「水(水圧)の使い方」があります。
 ドルフィンキックによる推進力は、足の甲で水を押す時に強くなるだけではなく、足にかかる流体力の面からみると、蹴り下しから蹴り上げの切り返し時にその流体力は強くなります。ということは、蹴り上げる瞬間、いかに瞬間的に力強く脚を持ち上げるか? が、重要であることは言うまでもありません。 
 スクーマンが活躍した時代には、とにかく背中側の筋力を強く使って骨盤から脚を持ち上げていたのですが、ドレッセルのように手の甲側で水を水面方向へ押すと、下肢を上へ持ち上げる力が出しやすくなります。手の甲で水を壁のように押すことで、上体が支持でき、背中側の力がより入りやすくなるのですね。
 ただ、壁と違って水は、力を与えたら動くので、結果的に上体は動いてしまうのですが、実は動かすのが目的ではなく、蹴り上げの出力を強くすることができるのです。結果的に、蹴り下しから蹴り上げの流体力をより強くすることができ、より高い推進力発揮に役立つということです。
 このように、ふたりのドルフィンキックの動き自体は若干異なりますが、浮き上がりの瞬間の脚の動きには共通点があります。両者とも、蹴り下し後にバタ足に変換するのではなく、蹴り上げの後にバタ足を始めている点です。スクーマンは、両足を蹴り上げてから、ドルフィンキックを左右ばらしたような小さなバタ足へと、切り替えます。ドレッセルは、近年話題になっていますが最初のストローク開始までドルフィンキックを打っています。  
 蹴り下し後にバタ足を始めると、脚が深く下がり上体がやや立った形で浮き上がり、その分正面から受ける抵抗が大きくなりますが、蹴り上げてからバタ足を始めることで、浮上がり後に下肢で受ける水の抵抗を、極限まで抑えることに役立ちます。ただ、理論上はそうなのですが、これは実際にやってみるとものすごく難しいので、「にわか学習」によるレースでの使用は、おススメしません(笑)。
 ドルフィンキックのテクニックに違いがあるものの「浮き上がり」という条件設定に対し、彼らが共通して見せているスキルが「蹴り上げ」にあったことは、大変興味深いです。ほんの一瞬のスキルですが、なんで近年の選手達が「ドルフィンの蹴り上げの速さ」にフォーカスしたドリルを行なうのか、こうして観察している私にも、よく理解できました。ふたりの1/100秒を削りだす工夫は、どこまで進化していくのか。その一端が、今年東京で披露されるところに、注目したいと思います。

文◎野口智博(日本大文理学部教授)

参考動画:ローランド・スクーマン 2014年ワールドカップシンガポール大会

World Cup 2014 Singapore. FINAL Men's 50m Freestyle

www.youtube.com

参考動画:ケーレブ・ドレッセル 2019年ISLラスベガス大会

U.S. OPEN RECORD! Caeleb Dressel 45.22 100m Freestyle!

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