close

2020-03-19

【陸上】男子400mリレー/再考 日本陸連が個人種目制限案に至った世界的な背景

3月19日、日本陸連は男子短距離の個人種目出場制限を条件付きで外す案を発表したが、東京オリンピックの4×100mリレーでの金メダル獲得を狙うための制限案の根源には、世界的な背景があったことも事実である。

写真上=昨年のドーハ世界選手権男子4×100mリレーで銅メダルを獲得した日本代表(桐生からバトンを受けるサニブラウン)
写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

はじめに

 3月19日、日本陸連の理事会で、東京オリンピックで金メダル獲得を目指す男子4×100mR(リレー)の戦略案を承認。昨年末に公表された戦略案にあった短距離個人種目(100m、200m)への「原則1種目」という出場制限項目は外され、条件付きでの個人2種目出場を認めるものとなった。

 その条件は主に4項目で要約すると以下の通りとなる。

「当該競技者が100mおよび200mで、少なくてもオリンピックの決勝進出の可能性を示す記録水準に到達すること」
「(6月の)日本選手権の100m、200m両種目で優勝すること」
「2種目の出場が強い負荷になることを認識した上で4×100mRに出場する強い意志があること」
「4×100mRで最高のパフォーマンスができるよう、最大限の準備をする意思があること」

 具体的な記録設定は明記されていないが、日本陸連は入賞ライン(8位)を想定した100m9秒93、200m19秒94という、日本記録(100m9秒97、200m20秒03)を上回るレベルを念頭に置いている。

 昨年末に公表された戦略案に対しては、選手の権利を侵害しているという観点から多くの批判にさらされたが、あらためて、なぜ日本陸連は個人種目への出場制限案を設けたのか。そして今回、オリンピック個人2種目での出場を認める条件を高い水準としたのか、を冷静に考えてみる必要もあるのではないだろうか。

 以下は「陸上競技マガジン2020年3月号」に掲載した日本陸連男子短距離コーチの土江寛裕コーチ(東洋大)へのインタビューで、今回の制限案について触れている部分である(取材は1月下旬に実施)。

 最終的には金メダル獲得を狙うため最善の体制を整えようとする日本陸連強化部と、対象候補となる選手側の問題であるが、詳細なニュアンスも含めて、制限案に至った経緯を掲載する。

個人種目出場制限案の
背景と意図

――昨年末、日本陸連は東京五輪で4×100mR(4継)のメンバーとなる選手は個人での出場種目(100m、200 m)を1種目に絞る方針案を公表しました。一部の選手からは戸惑いの声も上がりましたが、その点について、選手と個別に話をされたのですか。

土江 いえ、選手個人ではなく、その選手の専任コーチの方に伝えました。個人強化をベースにしている以上、私が陸連コーチの立場とはいえ、各選手の専任コーチを飛ばして直接選手に重要事項を伝えるのは、間違っていると考えているからです。個人、リレーを問わず、どの種目で、どのような目標を立てるのかはあくまで各選手とコーチの判断なので、筋の問題です。

――制限を加えなくても良かったのでは? という意見が予想以上に多く見受けられました。

土江 これは戦略的な問題です。大前提として、地元開催のオリンピックで男子4継の金メダル獲得を狙える現状があります。トラック種目では最も金メダルに近い種目です。そこを目指してこの4年間、強化を進めてきました。目標を達成するための最善策は、そのとき走る選手がベストなコンディションで臨める状態にすること、つまり、選手の肉体的負担、またケガのリスクを最小限にとどめる体制を整えることです。

――あらためて、その方針案に至った背景をご説明いただけますか。

土江 いくつかのルールが関係してきますので、順を追ってご説明します。

 まずオリンピックのエントリールールでは、100mの個人種目に出場する選手(一国最大3名)は、自動的に4継メンバーに組み込まれなければなりません。100mに出るけど、4継はやらない、という選択肢はないんです。これは各国に共通したルールです。

 次に東京五輪のリレーメンバーのエントリーが5人に制限されることです(世界選手権は6名。ケガ人が出た場合の補欠1名は別枠で選出)。つまりリレーメンバーとしてはほか2名しか選出できないため、100mの3選手にかかる比重は必然的に大きなものとなります。競技日程も、100mは陸上競技2日目の夜に予選、3日目の夜に準決勝・決勝、200mは5日目の午前に予選、夜に準決勝、6日目の夜に決勝となり、7日目の午前に4継の予選があります。現在、日本選手のレベルが上がっており、個人でも準決勝、決勝に進出する可能性を秘めています。このなかで100mに出る3選手が200m、さらにリレーにも出場するとなるとかなりの負担になることは、明白です。これは日本に限ったことではありません。

 実際、昨年のドーハ世界選手権4継金メダルのアメリカは、主軸のクリスチャン・コールマン(100m)とノア・ライルズ(200m)は個人1種目しか出場していません(共に金メダル)。その上でアメリカ新記録をたたき出している。さらに銀メダルのイギリスも2走を務めたジャーネル・ヒューズがバトンパスの際にケガを負い減速していました。中国もエースの謝震業を決勝で欠いています。ヒューズ、謝が個人2種目に出場したことも、その要因になったと見る向きは多かったです。

 個人2種目に出て4継も頑張ればいい、ケガのリスクは1種目でも2種目でも同じ、と口で言うのは簡単ですが、そんなに甘いものではありません。この3年間、世界大会での事例も含めた上での方針案なのです。

――世界の頂点に近いのはリレーか、個人か、という観点からの判断。

土江 誤解しないでいただきたいのは、陸連の仕事は選手の成果が最大となるよう、環境や体制を整えることです。選手が金メダルを手にすることを望んでいるからこその方針案です。

 また、現段階で指針を公表したのは、オリンピックのエントリー締切が日本選手権最終日(6月28日)の数日後という事情もあります。個人種目の選考要項と短距離陣の情勢を見れば、日本選手権終了時点で100m、200m各3枠が確定する可能性は高いです。仮に100m、200mの両方で出場資格を得た選手が出た場合(ちなみに日本選手権のエントリー種目は自由ですが)、そのとき初めて今回の方針案を伝えても、戸惑うばかりです。オリンピックを1カ月後に控えた時期に、今回のような騒ぎが突然起これば、それこそ本番に影響を与えかねません。昨年の場合は日本選手権から世界選手権まで3カ月あったので、サニブラウン(・アブデル・ハキーム、フロリダ大)選手のコーチと議論するなかで、彼は200mの出場を見送る決断をし、リレーのアンカーとして役割を果たしてくれました。

 そうした諸事情を踏まえ、本格的なトラックシーズンに入る前に陸連としての考え方を示すのは、選手たちに対してもフェアだと考えたからです。

――それでも、サニブラウン選手は、個人で100 m、200mのメダルを追求して、その上でリレーにも臨みたいという発言をしています。

土江 もちろん、会見でのコメントは報道等で認識しています。彼は世界の頂点を目指しているので、そういったコメントをする気持ちは理解できます。一方で現在の情勢を見れば、サニブラウン選手の存在抜きに4継の金メダル獲得は非常に厳しい、と思っています。これは関係者なら全員、同じ意見です。方針案に対する彼のコメントをすべて聞いたわけではありませんが、彼がリレーを蔑ろにするような考えを持っているとは思っていません。ドーハでのレース前、彼が誰よりもリレーを楽しみにしていた様子が強く印象に残っているからです。

――制限案は決定事項ではなく、最終的には3月に結論が出るとのことです(※冒頭で触れたように3月19日の日本陸連理事会で決定済)。

土江 公表までの約半年、議論を重ねてきた事案ですので、基本的な考え方は変わらないと思います。ただし、仮に例外が出てくるならば、リレーの目標である金メダルに値する成績を、個人2種目両方で達成する実力を持った選手だと評価できる場合です。

万全の状態で挑戦を

――今年、リレーチームとして合宿を行う予定は?

土江 本番直前までありません。個々の選手が互いに切磋琢磨してレベルアップしていってほしいと思います。

――昨年のドーハ世界選手権は、アメリカが完璧なバトンワークも見せ37秒10、日本は37秒43。この差を埋められると思いますか。

土江 十分に届くと思います。昨年はケガに苦しんだ山縣亮太選手(セイコー)、ケンブリッジ飛鳥選手(ナイキ)、小池祐貴選手(住友電工)が万全な状態でくれば、より短距離陣の争いが激しくなります。その上でベスト4の選手の平均タイムが100m9秒95~97になれば、目標に手が届くと思います。

――土江コーチは、2008年からリレーチームの強化に携わってきましたが、東京五輪の金メダルを意識したのはいつごろですか?

土江 まだ私直接指導する前ですが、桐生祥秀(日本生命)が高校時代に10秒01を出した2013年の秋にオリンピックの開催が決定しました。山県選手もトップ選手になっていましたが、当時は東京で取れたらいいな、というくらいでした。それが2016年リオ五輪で銀メダルを獲得したことで目標となり、その後も毎年、新しい選手が出てきたので、かなり現実的なものとなってきていることは間違いありません。私としては、とにかく、そのときトラックに立つ4人全員がフレッシュな状態で当日を迎えることを祈っています。もちろん、個人でも決勝進出者が出ることを望んでいます。

構成/牧野 豊

おすすめ記事

陸上競技マガジン 2020年4月号

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事