東京マラソンで大迫傑(Nike)が樹立した日本新記録。東京オリンピックでの戦いを想定して、その記録を世界のなかで見てみると、おおよそ10番手と見ることことができる。
写真上=どのレースも「優勝」を狙って臨んでいるという大迫。さらなる高みを目指す
撮影/田中慎一郎(陸上競技マガジン)
3月1日に行われた東京マラソンで2時間05分29秒の日本新記録を樹立し、東京五輪代表を勝ち取った大迫傑(ナイキ)。着実に世界トップレベルとの差を埋めつつあることは事実である一方、「オリンピックでメダル争いするのは難しい」という指摘もある。では実際のところ、世界のトップレベルと比較したとき、大迫は現在、どのあたりに位置するのだろうか。
まずは自己ベスト記録を基準に見てみると、世界歴代リスト(自己ベスト順のランキング)において、大迫の記録は84位となる。現状に合わせる意味で2016年リオ五輪終了から今年3月8日までの記録を対象にしてみると、世界リストでは46位となる。
後者のリストで大迫より速い記録を持つ45選手のうち、ケニア勢が18名、エチオピア勢が21名とふたつのマラソン大国だけで39名もいる。それだけ2国の圧倒的な存在感を感じることができるが、近年の世界選手権やオリンピックは1国(および地域)につき最大3名までのエントリー。
そこで、東京五輪をシミュレーションする上で、1国上位3名を対象にした世界リストを作成してみた(ケニアはすでに発表済みの3選手のみ反映)。近年の高速化の流れに象徴されるように、すべて各選手の自己ベストである。
順位 記録(時間.分.秒)◆選手(生年/国)
1)2.01.39◆E・キプチョゲ(84/ケニア)
2)2.01.41◆K・ベケレ(82/エチオピア)
3)2.02.48◆B・レゲセ(94/エチオピア)
4)2.02.55◆M・ゲレメウ(92/エチオピア)
5)2.04.06◆L・チェロノ(88/ケニア)
6)2.04.16◆K・オズビレン(86/トルコ)
7)2.04.40◆E・エルアバシ(84/バーレーン)
8)2.04.49◆B・アブディ(89/ベルギー)
9)2.05.11◆M・ファラー(83/イギリス)
10)2.05.12◆F・チェモンゲス(95/ウガンダ)
11)2.05.26◆E・ダザ(91/モロッコ)
12)2.05.29◆大迫 傑(91/日本)
13)2.05.43◆A・キプルト(92/ケニア)
もちろん、陸上競技は記録のスポーツでありながら、記録がすべてではない。特にマラソンは気象条件、コース、他者との駆け引きなどさまざまな要素が絡み合い、「勝負」を決する側面が強い。とはいえ、記録もまた、選手の強さを表すひとつの指針になることも事実という観点から作成したことを了承して、ご覧いただきたい。
さて、単純に自己ベストだけで見ると大迫は12位となるが、大迫のかつてのチームメイトでもある9位のモハメド・ファラー(イギリス)はオリンピック連覇中の5000m、10000mで東京五輪を目指すことを表明しており、11位のエルマジョブ・ダザ(モロッコ)は昨年12月の福岡国際マラソン優勝後、ドーピング違反により暫定的な資格停止処分中である。そうした背景も踏まえると、大迫はおおよそ10番手前後の位置付けとみることができる。
もちろん、1国3名にしても、大迫と上位陣との差には開きがあることは間違いない。
世界記録保持者のE・キプチョゲ(ケニア)を含めたトップ4は世界歴代リストでもトップ4、5位のL・チェロノは2019年のボストンマラソン、シカゴマラソンといったメジャー大会を制した実力者で、自己記録では大迫に劣る13位のA・キプルトは酷暑のなか行われた昨年の世界選手権で3位に入るなど、共に大国・ケニア代表を勝ち取った選手である。クロスカントリーやハーフマラソンで実績を積んできた6位のK・オズビレン(トルコ)、自己ベストがアジア記録でもある7位のE・エルアバシ(バーレーン)、今回の東京マラソンでワンツーフィニッシュを果たした3位のレゲセ、8位のアブディの地力も明白である。10位のチェモンゲスは24歳のウガンダ代表最有力候補で、マラソン歴はまだ2回と若手の成長株だ。
各国の代表がすべて出そろっているわけではないが、大迫がオリンピックで戦うのはこのような実績を持った選手ばかりである。
しかし、だからこそ、大迫がどんな戦いを見せてくるのか、楽しみである。
大迫を指導するピート・ジュリアンコーチによれば、「これまで、記録を目安にしてレースに臨んだことはなく、優勝を念頭にレースに臨んできた」という。大迫は常々、記録に関する質問についてはほとんど興味を示すことはなく、「強くなりたい」という言葉を口にしている。たとえ日本新でも、日本国内でいくら評価されても、大迫が目指しているのは、「一番になること」。それはマラソンランナーとしての矜持ともいえる。
果たして、大迫が今後、どのような成長を遂げていくのか。世界的に新型肺炎の感染が拡大するなか、今夏のオリンピック開催自体が不透明な今日ではあるが、こういうときだからこそ、競技に焦点を当てることを忘れずに、事態の成り行きを見守ってみたいと思う。
※この原稿は「陸上競技マガジン2020年4月号」の掲載記事に、加筆・再構成したものです。
文/牧野 豊
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