WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級決勝、WBAスーパーチャンピオンのノニト・ドネア(フィリピン)対WBA・IBF統一チャンピオン井上尚弥(大橋)の12回戦は7日、さいたまスーパーアリーナで行われ、井上が激闘の末に5階級制覇王者ドネアを3-0の判定で破り、WBSS優勝者に贈られるモハメド・アリ・トロフィーを手にした。井上は同時にWBA王座の3度目の防衛、IBF王座の初防衛に成功。また、試合後にはアメリカのビッグ・プロモーション、トップランクとの契約が正式に発表されている。

写真上=井上の右がドネアを襲う

井上尚弥が見せた
渾身のペースメイク

 歴史に残る死闘だった。この一戦、試合展開、あらゆる事情も勘案して、これだけは確かに言える。

 絶対有利の予想のもとにリングに立った井上の立ち上がりは見事だった。相打ちの左ジャブにひるむことなく、すかさずリターンジャブ、右クロスを打ち込む。アウトボクシングを基調に、スピードの差を見せつけた。タイムリーな左フックで、ドネアを何度もよろけさせもした。

 2回に、ドネアの左フックを浴びて右目上をカットしたが、流れは変わらない。ただし、そんな展開ならさっそく攻撃面に厚みを増してもいいはずなのに、距離をとってのカウンター狙いの展開からいっこうに変化がない。実はこのとき、井上はアクシデントに遭遇していた。

「右目をカットしてから、目の前のドネアがずっと二人に見えていました」

 正常な視界が失われていた。ドネアが打ち出す右がよく見えない。右目の視力がおぼつかないなら、その後に続く、最も怖いドネアの左フックも確認できないはずだ。

 井上の鉄腕だけを期待した向きには、フル充填の満足とはいかなかったろう。アウトボクシングの羅列に、もどかしさを感じた人も多かったかもしれない。だが、それは仕方ない。限られてしまった戦力をどう補うか。それもボクシングの強さを測る大事なバロメーターなのである。

ドネアの執念は
中盤戦からよみがえる

 それでも、井上のボクシングは見事だった。ジャブは鋭く、長く。右ストレート、クロスはとことん強烈だった。ドネアの足がはっきりと衰えて見えた5回には、右クロスでばたつかせ、さらに同じパンチを立て続けに痛打する。さしものドネアも上体が落ちかける。それでも踏みとどまったのは、レジェンドの意地、執念にほかならない。

 6回も左フックの打ち合いに打ち勝った井上だったが、7回から消極的な戦いになる。バックステップばかりを使って、打ち合いから遠ざかった。

「ポイントを考えて、7回、8回は流して戦いました」

 右目の視界に問題があるのなら、当然の策だったかもしれない。ただし、見る側からすれば、もっと別の異変も想像させてしまったのも確か。古傷の拳は大丈夫なのか、と。さらに、思う存分、打ち込ませる体勢を与えたことで、ドネアに勢いがついてきた。右ストレートの伸び、左フックが鋭く襲ってくる。井上は8回、一度は止まっていた右目上から血がこぼれだし、さらに鼻血も流れた。9回の終盤には左フックを浴びてぐらつく場面もあった。

11回、ついに鋼鉄の
ボディフックが炸裂

 10回、井上のテンポが再び上がる。危機感を察知したのだろうか。ジャブ、リード的に使う右でかき回し、さらに強烈な右でドネアをたじろがせた。そして、これがあまりにドラマチックな11回の序章となる。

 井上は猛然と攻めて出る。2万人の大観衆から「井上コール」が湧きあがる。そして、左のボディショットがドネアの脇腹をえぐった。効いた。井上に背を向けて逃げ出し、リングを4分の3周したところで崩れ落ちた。耐えて、耐えて、耐え忍んでも耐えきれぬ、激痛だったに違いない。カウント9で立ってきたのは、ほとんど奇跡に近い。さらにだ。一気に攻勢をかける井上の強烈なパンチに追い回されながら、再び倒れることはなかった。なおかつ、強烈な左フック、それも2発も井上に命中させたのだ。井上の足もとが揺らいだ。

 9日後には37歳になる英雄の全身全霊をかけた反撃も、今の井上の勢いを止めることできなかった。最終回、井上は再び猛然とアタックをかけ、ドネアを追い回したまま、勝利にたどりついた

 採点は114対113、116対111、117対109。クロスファイトという見方も確かにできるが、戦力的には数段、井上が上回って見えた。

そして、世界のリングに旅立つとき

画像: 井上はウバーリへのリベンジを宣言した

井上はウバーリへのリベンジを宣言した

 リングを降りたドネアを、会場の多くのファンはスタンディングオベーションで見送った。偉大なボクサーの真実が何たるか。このボクサーの奮闘に心を打たれたのだ。

「イノウエは真のチャンピオンであることを証明した。僕のパンチをあれだけ浴びて、耐えた者はこれまでにいない」

 関係者をとおしてそうコメントすると、病院に急行した。井上のパンチはそれほど強かったのだ。

 リング上で井上は言った。

「心情としては、弟(拓真)を負かしたノルディーヌ・ウバーリ(フランス)と対戦して、かたき討ちがしたい」

 それはかなうかどうは分からないが、もはや、井上は家族の誇り、日本の宝には到底とどまらない。世界の檜舞台がこの男を待ち望んでいるのだ。

 試合後のプレスルーム。壇上に上がったのは世界最大手のボクシング・プロモーション、トップランクのトッド・デュボーフ社長だ。

「ナオヤ・イノウエと複数年契約を結んだことを発表する。来年、2試合をアメリカで予定している。そして年末には日本に帰ることになる」

 想定外のハンディを負いながら、リングの英雄を乗り越えた。これで19戦全勝16KO。無傷のまま井上は大きな経験を手に入れた。もっと強くなる。すごくなる。いよいよ、新しい景色を見るときがきた。

文◎宮崎正博
写真◎菊田義久

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