4月1日、東京・渋谷の不動産投資会社メイクスに陸上競技部が誕生した。監督に就任したのは、早大時代に大学駅伝三冠の中心メンバーとして活躍した三田裕介さん。東京・用賀とケニア・イテンの2カ所を拠点にマラソンでの世界一を目指す。構成/編集部 写真/榎本郁也
三田さんならいいチームを作れる――陸上競技部を作るというので驚きました。
仲村 私としてはスポンサーという立場では熱が入らないのです。関わっていないような気がして。それよりも社員として迎えて、その社員が世界一という大きな目標に向かう。世界一って、シンプルにワクワクするじゃないですか。メイクスの社員が世の中をワクワクさせたら、会社としてやったという感じがする。その方がメイクスグループの社員もワクワクするでしょうし、自分たちも関わっている感があったほうが、楽しさもあるだろうなと思ったのが一番の大きなところです。
――競技をするためだけの契約社員というわけではないのですね。
仲村 「マラソンで世界一」というチーム理念があるので、優先順位としてはそこを目指すためにすべきことをしてもらいます。そして働けるときは働く。働くことが優先順位として上でありません。一日十数時間も働いているわけはないし、走っているわけでもありません。日本にいて走っていないときは働いてもらいます。競技人生はそんなに長くないでしょう。競技を終えた後も世の中で活躍できるようにビジネスパーソンとしても育てたいという思いもあります。
――そんなチームを作るために三田さんを選んだ理由は…。
仲村 僕は趣味でトライアスロンをしています。バイクやスイム、ランにそれぞれコーチをつけていて、三田さんはランのコーチでした。パーソナルとは別に一緒にジョグをしたりしている中で、この人だったらいいチームを作れるのではないかと思い、オファーしました。
――初めて監督の話を聞いた時はどうでしたか。
三田 純粋に嬉しかったですね。人から必要とされているというのがすごくうれしかったです。率直な気持ちです。
――仲村さんがトライアスロンをやろうと思ったのは、何かきっかけがあったのですか。
仲村 取引先のコンサルタントの方がやっていて、しかもやっているのがロングのアイアンマンでした。こんなすごいのがあるんだ、世の中にはと。4年前のことです。
――トライアスロンをやられて、自分の中で変わったことはありましたか。
仲村 トライアスロンのロングでは、1カ月ぐらい取り組んだだけでは完走できません。年単位でトレーニングメニューを考えてやっと完走できる。継続力と実行力が必要です。長距離も同じようなものでしょう。短い期間、一生懸命トレーニングしても速くならないじゃないですか。どんな仕事でもコツコツと継続できる人が結果的には成果をあげる。そういう意味では短期的に物事を考える人よりも、長期的に物事を考えられる人がいい。
――長距離ランナーは長期的な取り組みができると。
仲村 大学の駅伝部出身の学生たちも新卒で入社していただいています。そういう人たちの活躍を見ていると、うまくいってもいかなくても、継続力があることが非常に大切だと感じるんです。長距離で活躍した人は、ビジネスにおいてもうまくいくと思っています。
――こういうチームにしたいというのが、三田さんの中にはあるのですか。
三田 仲村社長が言われたように、ワクワクさせるチームというのはすごく魅力です。日本はかつて世界のトップだったわけです。瀬古さんや宗さんたちの時代です。その強い日本を取り戻す。見ている人たちがワクワクする、そんなチームを目指したいですね。
――どのような計画でチームづくりを考えているのですか。
三田 まずは高校や大学の先生や監督に挨拶をして、このチームのコンセプトや強化方針などの理解を深めてもらいます。それとは別に実業団では移籍に関する規約も緩和されているので、条件が合う人がいたら、来てもらうかもしれません。
仲村周作 株式会社メイクス代表取締役2006年、株式会社メイクス設立。そこから順調に業績を伸ばし、2020年には売上150億円を超える企業へ成長させた。企業理念である「心と体の健康寿命100歳創りへの貢献」をもとに、アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)を目指す人たちをサポートするプロジェクト、”コナチャレンジ”を発足した。自身もトライアスロンをはじめ、2019年10月、アイアンマン バルセロナでは、PB(パーソナルベスト)である、10時間51分08秒で完走した。※アイアンマン:スイム3.8K,バイク180K,ラン42.195K のトライアスロン競技種目
世界一を目指すための最適な拠点――拠点は…
三田 東京の用賀とケニアのイテンです。
――イテンというのは、どちらの発想なのですか。
仲村 イテンを提案したのは私かもしれないですね。マラソンで世界一をとるというチーム理念が決まった時に、何が必要かと考えました。まず環境だと思いましたし、ランニングの聖地がイテンということをその時に知りました。そうであるなら、そこで練習したらいいのではないか、そう思ったことが理由です。競技人生はそんなに長くありません。振り返った時にやりきった感を得てほしい。イテンのほうが出し切れるんじゃないかとも思いました。
――指導する立場として、拠点がイテンとなった時には…。
三田 申し分ない環境だと思いました。まず、高地であること、足に優しい不整地があること、また、強い選手たちがたくさんいる中で練習ができること…。世界に出ていくときに勝負をしなければいけない相手が、自分たちの周りにいる。そういった環境で練習できる意義は大きい。世界基準の選手ができ上がっていくと考えています。拠点が日本の国内だけでは難しいことです。そこに身を置いて練習できる。選手にとっては申し分ない環境ですね。
――個人的にケニアで練習する日本人選手はいますが、チームとして拠点をもつのは日本では初めてですね。
仲村 実業団にはないみたいですね。
――その発想もすごいと思いました。
仲村 ベンチャー企業だからでしょう。よくも悪くも、やりたいことをやりやすい。僕自身に陸上経験がないので、枠に囚われていないのかもしれません。
――世界を目指すならそれに応じた環境でという発想ですね。
仲村 そうですね。どこを目指すかによって、やるべきことは変わってくると思うのです。マラソンで世界一になる。そのほうがワクワクするじゃないですか。
――日本の拠点を用賀したのは、何か理由はあるのですか。
三田 私がいいなと思ったのは、用賀の砧公園にはクロスカントリーのコースがある、トラックがある、ロードもある。渋谷の会社から近い位置にある。それが揃っています。一番は練習環境が充実しているからです。あれだけ大きな公園で、不整地も走れるところは都内にはありません。不整地でのトレーニングは、ケニアを含めて重要視しているポイントの1つです。
――寮ができるのですか。
三田 寮も計画しています。
――実業団ではニューイヤー駅伝を最優先に考えるチームが少なくありません。そこには魅力を感じないのでしょうか。
仲村 ニューイヤー駅伝には魅力を感じています。日本ではマラソンが花形、そこで一番を目指したほうが努力できて、速く走れるようになるのではないかと思うんです。個人の選手が速くなれば、みんなで駅伝チームを組んだ時は速くなる。逆に駅伝のためのチームで、個人の選手がマラソンで速くなるとは思えない。チーム理念が「ニューイヤー駅伝で一番になる」だったら、環境を整え、それのために必要なことをします。チームを発足させるに当たって、三田監督や私、あと何人かで話し合いました。何を理念にするかと。何のためにこのチームはあるんだとディスカッションした時に、「マラソンで世界一だ」ということに決定しました。まずはマラソン強化で個人の走力を向上させる。結果としてニューイヤー駅伝という流れをイメージしています。
――どのような編成というかメンバー数を考えてらっしゃるんですか。
三田 予定しているのは、選手は9人から10人ほどです。
仲村 うちは大企業ではないので、資金にも限りがあります。少数精鋭で、人数を絞ることによって1人1人への強化費を多くしたほうが、能力が上がるのではないかと考えています。
――チーム編成は日本人を基本的に考えている…。
仲村 ケニア選手も考えています。ニューイヤー駅伝に出たいので。
――すでに声をかけている選手はいるのですか。
三田 こちらから声をかけることはしていないです。じわじわ業界の選手たちが知り始めているのではないでしょうか。
仲村 4月に発表したので、まだ1週間経っているかどうか。このようなメディアを通じて、新しいタイプの実業団チームがあるということを知ってもらうことで、三田さんが挨拶に行っても、何のためにきたのかがわかるように考えています。
――マラソンは6メジャーズ(ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、東京)のような大きな大会に挑戦するという感じですか。
三田 そこを含めての挑戦になると思います。あとは、オリンピックや世界陸上です。
――ベルリンのような高速コースで記録を狙っていくようなイメージですね。
仲村 そうですね。
――ワクワクしますね。
仲村 結果がでれば、ですね。記録や結果が出そうな時は、世の中の人がワクワクするのではないですか。
三田裕介 メイクス陸上競技部監督
豊川工高から早大へ。高校1年時には全国高校駅伝で3区区間賞、3年時には1区で日本人トップとなる。早大1年次は箱根駅伝4区区間新。2010-11年度には大学駅伝三冠に貢献する。スポーツ科学部卒業後は実業団に所属。2017年からSPORTS SCIENCE LABでスポーツ科学によるトレーニングメニューを一般ランナーやトライアスリートに提供してきた。
投資用マンション業界のイメージを変えたい――ワクワクするということで言えば、陸上競技でなくてもよかったのではありませんか。
仲村 自分自身が関わっていることじゃないとだめですね。陸上以外はアイデアとして出てきませんでした。私自身もトライアスロンをやって、走ったからこの発想になっただけで、やっていないことにはなかなか自分ではイメージがつきません。誰かにまかせっぱなしだと、興味もなく、やりたい時はやって、やりたくない時はやらないという感じのチームになるような気がします。
――オーナー的な立場の人間としては、自分の見える範囲で…。
仲村 自分自身が情熱を持っているからでしょうか。
――トラアスロンをされていたので、自転車のチームを作るという選択肢もあったのではないですか。
仲村 私自身が自転車の選手がどういう人たちなのかわかってないということもあります。マラソンは地上波のテレビで流れるじゃないですか。私たちには本業があります。これからは東京だけでなく、名古屋や大阪に支店を出します。地上波の放映で上位を走ったり、ニューイヤー駅伝に出たりすることで、企業に安心感を与えこともできると思っています。
――陸上の実業団のチームを立ち上げることに合点がいきます。
仲村 同じ陸上競技でも5000mや10,000mが速くても、地上波ではほとんど放映されません。マラソンは流れますよね。
――社員の反応はどうですか。
仲村 私が言うのもなんですが、結構、盛り上がっているようです。ワンルーム業界、投資マンション業界に、駅伝チームを持っている会社もないですし、目指すところが世界一なので、ワクワクしているのではないでしょうか。
――経営者としては、企業統治的な部分で期待している部分もあるのでしょうか。
仲村 5年前の自分だったら、陸上競技の実業団チームを作っているなんて想像もしていませんでした。自分自身の変化によって、実業団チームを欲しいなと思った時に、会社自体もそういうことができるようになってきた。タイミングも合っていました。
――5年前というのはトライアスロンとの出会いですね。
仲村 トライアスロンをやっていなかったら、自分たちのスポーツチームを持とうとは思わなかったですね。実業団チームが会社を前向きにするとは思えなかった。今では思えていますが…。メイクスの実業団チームが、こうやってメディアに露出することで、投資用マンション業界が安心感やクリーンなイメージを与えられるのではないか。自分たちの会社だけでなく、業界全体にプラスの効果があるのではないかと思ったりしています。
――不動産投資というとネガティブな感覚でとらえられがちですが、それも変えたいと…。
仲村 変えたいですね。不動産に投資と付けるとなんか言いづらい業界かなと思っています。それを前向きに捉えられるような業界になるなら、陸上競技部を作る意味があるかなと思います。
――業界をクリーンするためにメイクスがやってきたことにはどんなことがあるのでしょうか。
仲村 オフィスをみていただくとわかるように、全てみえる化しようとしました。どんな人が働いているかを見てもらう。とにかく隠さない。それだけでもお客様に安心していただけます。私たちの会社のレベルで業界全体を変えるつもりはありませんが、自分たちの在り方として、グレーであることを認識した上で、そう思われないように努力しようと心がけてました。
なんの仕事をしているのと聞かれて、胸を張って言える仕事のほうがいいじゃないですか。単純にそういうことに近づけたいというだけですね。そこにプラスとかマイナスとかはなくて、単純に誇りを持てる会社にしたいという思いで進んできました。
――スポーツ界も同じでした。竹刀で叩かれて速くなるわけではない…。
仲村 私は今年、42歳ですが、20年前は「マンションが売れるまで帰ってくるな」みたいな雰囲気がありました。目の前の人は断っているのから、これ以上時間をかけても無駄なのにと思ったり…。それがこの業界だったと認識しているので、メイクスは違うということを伝えていきたいですね。
――その1つの形が陸上部ですね。
仲村 はい。あとは単純に会社の経営理念に「笑顔創りにこうけんします」という言葉があります。この実業団が強くなることで、社員がワクワクしたり、あるいはお客さんもワクワクしてくれたりしたらいいなと。世の中の人にもマンション販売とは関係なく、ワクワクを提供できるんじゃないかな。これっていいことではないかなと、自分では理解しています。
大きな志を持っている選手とともに――理念の中に、健康寿命を伸ばしたいということも書かれています。
仲村 体の健康も大切ですよね。人生100年時代といわれますが、100年生きたとしても、ベッドの上でずっと動けないのは幸せとはいえない。それって違うと思うのです。健康でなければ走れない。陸上部はそういうことに、ちょっとつながっているいます。健康寿命を伸ばすという理念を体現できることでもあるかなと思います。
――ご自身がトライアスロンをされて、肉体的にも精神的にも健康になられたという体験があるわけですね。
仲村 心の健康状態ということを私は大切にしています。自分の未来に対してワクワクしている状態を私は心の健康状態というのですが、体力があってもワクワクするとは限らない。人間は未来に対してワクワクしている方が楽しいと思っているんですよ。チームも、選手も、世界一を狙うことで、未来に対してワクワクするでしょう。世界一に挑戦する大会が近くなった時には、明日走るからテレビ放映が楽しみだとか、未来のワクワクにつながるじゃないですか。そうすると、心の健康状態は高まる。そういうことを大切していきたいということが会社の理念にあります。
――いいチームを作らないといけないですね。
三田 前職の時からそうなのですが、仲村社長から常にどうやったら成果を出せるのかを考えさせられました。どうやったらタイムが上がるのか。どうやったら前の自分より速くなれるのか。成果につなげるという話をよく聞いていて、成果にこだわるところがあった。元々あるものを改良するのではなくて、今回の実業団はゼロからです。世界一を取るために何が必要なのか、どうしたら世界一につながるのかということを考えています。この実業団に関しては、私自身も楽しみですし、理念を形にできるように全力で頑張る覚悟です。
――陸上競技マガジンは高校生も読んでくれています。どんな選手に来て欲しいという希望はありますか。
三田 競技者には夢や目標があると思うのです。ああなりたい、こうありたいと。そういう大きな志を持っている選手と一緒にやりたい。オリンピックで金メダル取りたいという思いは大切です。世界で活躍する多くのアスリートの皆さんも同様で、言葉にした人にしか達成できないものだと僕は思っています。自分たちが「世界一」を発信する、そういう思いのある子と一緒にやりたいと思っています。もちろん、全員が全員、金メダル取りたいと思っているか、世界で1番をとりたいと思っているか、そうではないと思うんですが、そこに導けるようなチーム作りをしたいと思っています。
――サイエンスラボでやってきた経験というのは、大きいですか。
三田 大きいです。例えば走りの経済性。僕自身は現役時代、フォームが良ければ経済性がいいと思っていました。実は、そこには様々な要素の兼ね合いが「効率」を決定づけています。改善策は様々ありますが、練習メニューに浸透させ目的を達成することにフォーカスすることが大切ですね。
これからも学び続けたいと考えております。
――大学のスポーツ科学部で、そういう勉強はしていなかった?
三田 今、振り返るとスポーツ科学とスポーツの現場がつながっていなかったのだと思います。スポーツ科学が全てではありませんが、客観的なデータを1つの指標としてトレーニングをする。成果につなげることは大事なことだと思います。
――楽しみですね。
仲村 楽しみです。三田監督だからこそ楽しみ。監督によってチームの強さは変わってくると思います。結局誰がやるのかが重要で、三田さんだから僕の中では、期待感を持てています。
――実業団の時の勉強では足りなかった…。
三田 ぼくはどちらかというと情報を取ろうとしていたほうだと思います。でも、足りないですよね。今のほうが、情報を取りに行こうとしている高校生や大学生は多いと思います。高地トレーニングはこういう意味と効果があるとか。
――サイエンスラボで、仲村さんのような普通の人たちを教えたこともプラスになっていますか。
三田 とてもプラスになっています。市民アスリートと言われる人たちは、限られた時間の中で成果を出すことに全力です。やるべきこととやらなくていいことを取捨選択して、どのようなタイムスケジュールで生活をした時に、いい結果を出せるのか、みなさん真剣です。そういう姿を多く見て、僕自身も、自己成長しないといけませんでした。潤沢な時間とお金を使える立場にあるフルタイムのアスリートはそういうことを知ったほうがいいと思います。選手にはそういうことも伝えていきたいと思います。
――いい出会いといい関係で、新しいことにチャレンジできているわけですね。
仲村 私が実業団チームを知らないので比べることができません。ただ、うちは、選手が世界一を取るための情熱は、高く持っているということは伝えておきたいです。世界一を目指すために、行動の変化を取れる人にぜひきてほしい。
――ケニアと聞いてワクワクする人も多いですね。
仲村 そうなんですよ。そこが大切です。世界一という目標があるとワクワクする。
三田 覚悟を持ってコーチングします。走力があるとか、ないとかにかかわらず、理念に共感してくださる方と一緒に競技をしたいと思います。
――ありがとうございました。