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2021-07-29

【東京五輪・陸上】再録:田中希実×田中健智コーチ対談「ぶつかり合い高め合う親子独自の距離感」

 2019年以降、父・健智コーチとともにオリンピックロードを歩んできた田中

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目標設定とレースプランの決め方

――田中選手は800mから10000mまで幅広くレースに出場していますが、2人の間で目標設定と出場スケジュールを、どう決めているのか教えてください。

希実 私は私で目標とするところのイメージを持っていて、そこを話し合うことはあまりありませんが、だいたい同じことが多いので、目標への向かい方は一致しているのかな、と思います。出場種目や試合に関しては、父は積極的に出た方がいいと提案してきます。私が昨年800mに出場したのは、以前はその種目で一緒に走っていた選手たちに、距離を延ばしたら弱くなったと思われたくない、ということも理由の一つです。スケジュールはタイトになりますが、この種目はここでしか走れない、こういうレースもここでやっておきたいと、全部詰め込むことになりますが、その乗り切り方も含め、父とはお互いのイメージが合っていると感じています。

――ではレース展開を話し合うとき、どんなコミュニケーションの取り方をされるのでしょうか。1500mの日本新を出した昨年8月のゴールデングランプリでは、3つのパターンを田中コーチが提示されたとうかがいました(※21年7月にさらに記録を更新)。

健智 提示はしましたが、本人は“自分の感覚で走ろう”と答えを出していたと思います。レースは相手がいて初めて成立するものです。私が提示したスプリットタイムは参考程度にとどめ、細かいところまでは気にしていなかったと思いますよ。

希実 私は何百mまでこのペースで行って、何百mから上げてとか、細かくイメージしていませんでした。400mを66秒イーブンで走りきれば日本新だったので、最初の2周を、2分12秒を切って入れたら、あとはそのときの感覚でどうにでもなるだろう、と。

――1500mの日本記録に限らず、レースでのペースはどうやって決めているのですか。

希実 練習中や記録会などでいろいろなレースパターンを試しています。試していることを私の感覚で使えばいい、くらいですね。本当に勝負がかかってくるときは、父もここからが大事なところだぞ、と具体的なアドバイスをしてくれますが、それ以外は私の感覚に任せてくれることが多いです。

健智 練習内容自体、レースでこのタイムを出したい、というところから逆算して、体にペースを覚え込ませようと組み立てます。練習ごとに、この距離を走るときはこういう走り方をしよう、と話していますね。レースパターンもスプリットタイムも、あまり細かく指示をすると本人がそれに縛られてしまいます。予定どおりにいかない場合、動きがどんどん制限される。自由度を持たせれば、伸び伸びと走ることができて最後に爆発的なペースアップもできます。日頃の練習のなかでそういう会話をやり取りして、レースが近づくにつれ、あまり言わないようにしています。

親子であるからこそ、互いに衝突し合える領域が広いのかもしれない。共に覚悟を決めて、大きな目標へ向かっている
親子であるからこそ、互いに衝突し合える領域が広いのかもしれない。共に覚悟を決めて、大きな目標へ向かっている

――希実選手がレース前はナーバスになっていることが多い、とうかがったことがあります。

健智 1500mの日本記録のときは大丈夫だよ、とアドバイスをしたかったのですが、レース前1週間は何も言わずに放っておきました。招集所など、当日レースに送り出すときは、基本的に声をかけません。そのタイミングは選手自身の“風”が吹いているので、乱してはいけないと思っています。親であろうと声がけは不要です。練習のなかでのやり取りがすべてで、レースは見守るだけ。ただ、12月の日本選手権のときは初めて声をかけました。相手を意識するのでなく、自分自身に打ち勝ってこい、と。本人はそんなこと分かっているという感じで聞き流していたようですが。

希実 その直前に母と招集所の入口にいたのですが、父が誰かに話しかけられて、しばらく来なかったんです。入ってしまおうかとも思ったのですが、すごく大事な試合なので、父もかけたい言葉があるかもしれないと思って待っていました。父の言葉に顔は上げられないような精神状態でしたが、言葉をかけてもらえたことは良かったと思っています。その12月の日本選手権よりも印象に残っているのは1500mの日本記録のときで、履く予定だったシューズが認められないトラブルがあって、父がホテルまで別のシューズを取りに行ってくれました。シューズを渡されるとき、「自分の力を信じたら行けるから」と声をかけてくれて、そのときはしっくりきて、自分の力を出し切ろう、と思うことができました。

――日本選手権のように勝負優先のときは、レース展開をどのようにアドバイスされるのでしょうか。

健智 相手を想定して、こういう押していき方をしていかないといけない、この距離での動きが大事になる、というアドバイスの仕方です。12月の日本選手権5000mは運良く勝たせてもらっただけだと思っていますが、相手の土俵(日本郵政グループの廣中璃梨佳が中盤からハイペースで先行する展開)で勝てたことは初めてのことだったと思います。そういうレースをしたときは負けることが多いですから。じりじり離されたり、ラストスパートで置いて行かれたり、翻弄されるパターンです。それが日本選手権5000mは最後まで我慢して、ラスト250mだけは自分のレースができました。11月から準備してきたなか、練習がはまらずスタートラインに立つことになりましたが、初めてその状況でも自分を超えられました。

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