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2020-08-20

【ボクシング】渡部大介vs草野慎悟――はじめの一歩トーナメント決勝は挫折を知る者同士が激突

 ボクシング漫画『はじめの一歩』を冠したトーナメント戦『はじめの一歩30周年記念フェザー級トーナメント』が8月22日、東京・後楽園ホールでファイナルを迎える。

写真上=ようやく開催の運びとなった決勝戦で対戦する草野慎悟(左)と渡部大介(BBM)

ともに『はじめの一歩』と同世代

 1989年の連載開始から30年となる昨年11月19日に開幕。今年2月27日の準決勝を経て、5月17日に東京・墨田区総合体育館で『はじめの一歩』関連のイベント、展示をまじえ、大々的に決勝戦が開催されるはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止を余儀なくされていた。

 それでも、自身も愛読した『はじめの一歩』をきっかけに『より多くの方にボクシングの面白さを知ってもらいたい』と大会を企画、プロデュースした株式会社DANGANの古澤将太代表は、クラウドファンディングで賛同者から資金を募り、開催にこぎつけた。当初は無観客で準備が進められていたが、情勢が変わり、制限付きながら観客を入れられることになった。当日券も販売され、DANGANが運営するボクシング動画配信サービス『BOXING RAISE』(有料)でも当日18時30分の第1試合開始からライブ配信される。

 トーナメント制覇と優勝賞金100万円、漫画への出演権を懸けて決勝のリングに上がるのは、日本フェザー級4位の渡部大介(29歳=ワタナベ/10勝6KO4敗2分)と、2013年の東日本新人王で元日本ランカーの草野慎悟(31歳=三迫/13勝5KO8敗1分)。『はじめの一歩』と “同世代” の2人が、それぞれの思いを持って激突する。

 キャリア初のタイトル挑戦に弾みをつけたい渡部。「自分にとって、いいタイミングでこのトーナメントがあった」と振り返る。2年前にスーパーバンタム級から本来のフェザー級に戻し、減量方法を含めたコンディショニングを見直したことで動きがよくなったという。“前哨戦”でタフなベテラン岩井大(三迫)との日本ランカー対決を鮮やかな4回KOで制し、勢いをつけて迎えたトーナメント。初戦こそアマチュア通算101戦82勝でプロ転向5戦目の竹嶋宏心(松田)と消化不良の4回負傷引き分け、優勢点で勝ち上がったものの、準決勝ではキャリア33戦の元WBOアジアパシフィック同級王者リチャード・プミクピック(フィリピン)を判定でしっかり退け、自信を深めている。

 2015年3月以来の日本ランキング復帰を狙う草野。名門ヨネクラジム出身のサウスポーは、3年前のジム閉鎖、約2年のブランク、移籍を挟んで4連敗を喫していた。引退も頭をよぎったが、「これで終わりにするのは納得できなかった」と再起を期してトーナメントに臨んだ。初戦はムエタイとの“二刀流”マ・シャン(中国)と対戦。初回にいきなり2度のダウンを奪われ、窮地に立たされたが、ここから大激闘を展開。5回に倒し返し、劇的な逆転TKOで約4年ぶりの勝利をつかんだ。準決勝は一転、イ・ジェウ(韓国)の強打を警戒し、「しょっぱい試合をしてしまった」と反省の判定勝ちも、「やっぱり、勝つのはいいもの」と2回に痛めた左拳を押しての連勝を噛みしめている。

きっかけも『一歩』だった――渡部

初タイトル挑戦に向け「後半に倒す」と渡部(撮影/船橋真二郎)

 渡部には、札幌工業高から道都大にかけて通算40勝17KO・RSC14敗、7年のアマキャリアがベースにある。最高成績は高校2年時の国体3位。渡部のフェザー級は、井上尚弥・拓真兄弟の従兄弟・井上浩樹(いずれも大橋)、帝拳ジムからプロ入りした藤田健児の兄・藤田大和(現・総合格闘家)と、1学年下の実力者が優勝を争っていた時代。高校最後の選抜、インターハイ、国体はすべてベスト8に終わったが、キャプテンとして部を盛り立て、インターハイでは団体優勝を果たしている。

 大学卒業後、B級(6回戦)プロデビュー。「度胸のよさ、倒せるパンチがある」と小口忠寛トレーナーに見込まれ、早くから強気なマッチメークで勝負をかけてきた。当時の日本スーパーバンタム級3位でタイトル挑戦経験者の古橋岳也(川崎新田)を相手のホームで下し、初の日本ランク入りを決めたのは5戦目。それから4年が過ぎたが、まだ大きな舞台には立っていない。3年前には、苦い経験をしている。同じく日本4位で迎えた地元札幌での凱旋試合で、ノーランカーに開始40秒TKO負け。右の一撃で痛烈に沈められ、タイトル戦線から大きく後退した。「今回は(日本ランク上位の力を)証明しないといけない」と気を引き締める。

 もともと渡部がグローブをはめるきっかけになったのが『はじめの一歩』。サッカー、バスケットボール、体操、水泳と、さまざまなスポーツに親しみ、活発な少年時代を過ごしたが、「どれもしっくりこなかった」という。中学生のころ、家族でレンタルビデオ店に行き、父と兄が借りたのがアニメ版のDVDだった。家族と一緒に見たストーリーに心を動かされ、1対1で勝負を決するボクシングの魅力に引きつけられた。それだけにトーナメントに対する思い入れは強い。「後半に倒して、僕が必ず獲る」。タイトル挑戦をアピールし、自分の大会にするつもりだ。

ヨネクラ魂を継ぐ――草野

「失うものはない。倒すだけ」と草野(撮影/船橋真二郎)

 22歳でデビューしたプロ叩き上げの草野だが、異色の経歴を持つ。生まれ育った福島県西白河郡西郷村は、ソフトテニスが盛んなことで知られる。草野も地元のジュニアクラブで小学校低学年のころからラケットを握った。中学の全国大会で3位になり、スポーツ推薦で強豪校の三重高校に故郷を離れて進学。高校時代は全国大会出場を果たせなかったものの、ヨネクラジム時代から草野が指導を仰いでいる横井龍一トレーナーは「運動神経がいいし、対人プレーで培ったハートの強さがある」と評する。

 デビューから1勝1KO2敗1分と結果を残せず、進退を迷ったことがあった。草野のきっかけになったのが、2003年のエディ賞トレーナー、故・川島利彦さんの一言だった。「しっかり練習すれば、お前なら新人王になれる」。2013年の東日本新人王戦にエントリーし、2ヵ月間隔で試合を繰り返すトーナメントを「次、勝てば人生が変わる」と1戦1戦、勝ち抜いた。全日本新人王決定戦には惜敗したが、休む間もなく練習に打ち込んだ1年で、プロボクサーとしての礎を築いた。横井トレーナーは「自分を変えたいという今の雰囲気は、あのときと近い」と期待を込める。「自分には失うものは何もない。思いきりぶつかって、倒すだけ」。草野は力強く決意を語った。

 仲間と汗を流し、切磋琢磨した古巣への思いは今も強い。ジムが閉鎖してしばらくは、はじめの一歩トーナメント初戦で敗れた溜田剛士(大橋)が日本ユース王者となり、秋山泰幸(ワタナベ)が東洋太平洋・WBOアジアパシフィック王座を奪取し、有岡康輔(三迫)、富施郁哉(ワタナベ)が全日本新人王になるなど、旧ヨネクラ勢の活躍が目立ち、連敗中だった草野の「刺激になった」が、ここ最近は元気がない。今度は自分が――。「偉そうなことは言えないですけど」と控えめながら、その気持ちはひしひしと感じた。

 漫画の主人公・幕之内一歩と同じフェザー級のトーナメント戦をプロデュースした古澤代表の願いは「ニューヒーロー誕生」。渡部も草野も挫折を知るだけに、何かをきっかけにして這い上がりたい野心は人一倍ある。ファイナルを飾るに相応しい戦いを期待したい。

取材◎船橋真二郎

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