春、3月は卒業の月。
「仰げば尊し、我が師の恩」という歌が反射的に思い出されます。
師というのは、どんな世界にあっても尊く、ありがたいもの。
大相撲会でも決して例外ではありません。
師匠の弟子に対する思いがいかに熱く、深いか。
それを物語るエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。
師匠の廻しで快進撃 廻しは力士の命。さまざまな思いがこもっているものだけに、古くなっても右から左に廃棄はできない。平成23(2011)年の初場所後、栃ノ心は古くなった廻しを新調し、
「次の場所からこれを使いたいんですが、いいでしょうか」
と師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)にお伺いを立てた。なんとその色がピンク系の超ドハで色。これには春日野親方も目が点になり、
「ちょっと待て。いくらなんでもその色はまずいぞ」
と慌てて待ったをかけると、倉庫に大事にしまっていた自分が現役時代に使用した古い廻し、3本を引っ張り出し、
「好きなヤツを使え」
と、目の前に並べた。栃ノ心はその中から、
「締めた感触がちょうど良かったし、なんかやれそうな感じもした」
と、濃紺の廻しを選んだ。
すると、どうだ。5月技量審査場所(春場所は中止)で、この廻しを締めた栃ノ心は、まるで憑き物でもついたような活躍で、14日目を終えて優勝した白鵬(現宮城野親方)と1差の12勝2敗と大暴れ。千秋楽、大関日馬富士(のち横綱)に負けて白鵬に逃げ切りを許し、
「緊張し過ぎた」
と悔しがったが、見事に敢闘賞を受賞。合わせて3場所ぶりの小結返り咲きも決めた。師匠の心遣いが大きく花開いたのだ。
「愛を感じますね」
と、表彰式を待つ栃ノ心は師匠譲りの廻しを愛おしく撫でまわしていた。
月刊『相撲』平成24年3月号掲載