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2023-10-27

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第13回「記念日」その4

平成29年初場所千秋楽、多くの試練を乗り越え、ついに稀勢の里が天皇賜盃を手にした

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心に刻む、節目の日が記念日です。
力士たちもそれぞれが、実にさまざまな記念日を持っています。
奮起を促す記念日、過去を振り返り、自分に思いをきたす記念日、苦さを噛みしめた記念日など、など。そんな記念日にまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

悔しさを肥やしに

人間はつらさや、苦さを体験して成長する。平成28(2016)年秋場所は、日本中が喝采を叫んだ場所だった。それまで日の当たらない場所にいることが多かった大関豪栄道(現武隈親方)が、それも30歳の大台になって、突然、目が覚めたような相撲で全勝優勝したのだ。
 
この快挙を、何とも言えない顔で見つめていたのが東の支度部屋のすぐそばに開荷を広げていた稀勢の里(現二所ノ関親方)だった。毎場所、優勝や、綱取りを期待されながら、この場所も10勝5敗と平凡な成績に終わり、ついに横綱、大関陣でただ1人、優勝経験のない力士になってしまったのだ。この日はさしずめ、屈辱を噛み締めた記念日だった。
 
4場所前の初場所、大関琴奨菊(現秀ノ山親方)が日本人力士としては10年ぶりに、これまた初めての優勝をしたとき、9勝6敗と惨敗に終わった稀勢の里は、

「(この状況は)自分でどうか、するかしかない。言いたいことはヤマほどありますが、胸にしまって、またがんばります」
 
と言って唇をかみしめていた。このときはまだ豪栄道という戦友がいたが、今度はその豪栄道にも抜け駆けされた。いよいよ1人だ。豪栄道が優勝を決めたのは14日目。取組後、報道陣に囲まれた稀勢の里は、

「今日は(コメントは)いいですか」
 
と取材を拒否し、無言のまま引き上げる背中が取り残された男の悔しさを雄弁に語っていた。翌千秋楽、改めてこの15日間の戦いぶりを問われると、今度は意を決したように、

「二ケタ勝ったこと、それだけでしょうね。あとは何もいいことがない」
 
と一気に言ってのけ、大きなため息をついた。
 
この積もりに積もった思いが肥やしになって待望の賜盃を抱いたのはその2場所後の平成29年初場所。長く、数多くの試練を乗り越えての初優勝だけに、その顔は一段を輝いていた。

月刊『相撲』令和2年4月号掲載

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