出羽の花が入門した昭和49(1974)年の大相撲界は、怪童と言われた北の湖がグイグイと頭角を現し始めたときだったが、人気番付では、大関貴ノ花がダントツだった。貴ノ花の周りは熱狂的な相撲ファンや、ギャルたちがいつも群れ、黄色い歓声が渦巻いていたのである。
※写真上=昭和54年名古屋場所、2度目の敢闘賞受賞。右は殊勲賞の栃赤城
写真:月刊相撲
果たしてオレは、この大相撲の世界で大成できるのか――。
周りのライバルたちとはもちろん、自分の心の中に渦巻く不安との闘い。そんな苦しい手探りの中で、「よし、これだっ。こうやったら、オレはこの世界で食っていけるぞ」と確かな手応えを感じ取り、目の前が大きく開ける思いがする一瞬があるはずです。
一体力士たちは、どうやって暗闇の中で、そのメシのタネを拾ったのか。これは、光を放った名力士たちの物語です。
※平成4~7年『VANVAN相撲界』連載「開眼!! 相撲における[天才]と[閃き]の研究」を一部編集。毎週金曜日に公開します。
【前回のあらすじ】幕下付け出しデビュー場所で負け越し、三段目まで降下したが、その後は負け越し知らず。1年後に十両入りを果たすが、1年余り守った十両から幕下に陥落。力士を辞めようと悩んでいたころ、叔父の言葉に情熱を取り戻し、待望の入幕を果たした――
――オレも、いつかあの人とやってみたいなあ。
付け人を引き連れ、さっそうと歩いている貴ノ花を見るたびに、入門したばかりの出羽の花が胸を熱くときめかせたのも、ごく自然なことだった。
と同時に、自分との実力の差も熟知していた。というのも、入門する前、当時、都内・杉並区の日大相撲部の合宿のすぐ隣にあった花籠部屋の稽古場で、幕下の三杉磯(元前頭2、現峰﨑親方)と稽古し、それこそコテンパンにやられたことがあるからだ。当たり前のことだが、大関は幕下よりはるかに強い。
出羽の花に、その憧れの貴ノ花に胸を借りるチャンスが巡ってきたのは、入門して5年目。入幕6場所目の53年秋場所初日のことである。この前の場所、出羽の花は西の9枚目で二ケタの10勝を挙げ、初の敢闘賞を獲得している。この活躍で東の2枚目まで昇進。大関になって6年、ちょうど脂の乗り切っている貴ノ花との新旧初対決は、確かに見逃せない顔合わせだった。
――この日が来るのをずっと夢見ていたけど、本当にその日がやって来るとは。
出羽の花は、もう対戦する前から感激で胸がいっぱいになり、とても勝負に思いを馳せるどころではなかった。
ところが、この無欲が望外の好結果を。先に得意の右上手を引き、頭を付けた出羽の花がいったん上手投げで体勢を崩し、必死に踏ん張った左の太モモを左手でさっと掬い上げる、という若手らしからぬ頭脳プレーをみせると、さすがの貴ノ花もたまらず、背中から仰向けに引っくり返ったのだ。決まり手は、小股掬いだった。
「信じられない光景、というのは、ああいうことを言うんでしょうねえ。土俵の真ん中で、自分が立っていて、大関が引っくり返っているんですから。あの場所、6勝9敗と負け越してしまったんですが、初日の1勝で、気分は完全に勝ち越し気分。これでオレもなんとか上位でやれそうだ、という自信めいたものをつかんだんですから。あの1勝がなかったら、果たして36歳まで幕内でやれたかどうか。お前がプロで取った1156番の中で、最も記憶に残る一番はどれだ、と聞かれたら、ちゅうちょせずにあの貴ノ花戦を挙げますよ」
出来山親方(元関脇出羽の花)は、このときの話になると、喜びと感激で、体中がわなわなと震え出したことを、まるで昨日のことのように思い出し、いつもほおを紅潮させる。
それは、いつも心に不安を宿しながら相撲を取っていたインテリ力士の出羽の花が、初めて胸を張って土俵から下りた日でもあった。
出羽の花の引退は、ライバルの舛田山より1年半も早かった。しかし、52年に入幕後は、二度と「後退」せず、最後まで幕内の座を守り通した。もちろん、幕内在位数は、62対47で出羽の花の圧勝だ。こんなところにも、出羽の花のひたむきさや律儀さが余すところなく出ている。(終。次回からは関脇舛田山茂編です)
PROFILE
出羽の花義貴◎本名・野村双一。昭和26年5月13日、青森県北津軽郡中泊町出身。出羽海部屋。186cm122kg。昭和49年春場所、野村で幕下60枚目格付出。50年夏場所新十両、出羽の花に改名。52年九州場所新入幕。最高位関脇。幕内通算62場所、441勝483敗6休。殊勲賞1回、敢闘賞5回、技能賞4回。63年初場所に引退し、年寄出来山を襲名。出羽海部屋付きの親方として後進の指導に当たる。
『VANVAN相撲界』平成6年3月号掲載
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