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2021-04-16

【連載 名力士ライバル列伝】2代若乃花―北の湖

昭和53年夏場所14日目、全勝北の湖を上手投げで破り1敗で並んだ若三杉。決定戦では逆に北の湖の上手投げに敗れたが、2場所連続優勝同点の内容を高く評価され、場所後に横綱昇進。四股名も「若乃花」に改めた

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津軽から同じ列車で上京、同時に入門した若乃花、隆の里。
青森の大先輩である師匠、二子山親方(元横綱初代若乃花)のもとで厳しい稽古に耐え、
長い下積みの時期を乗り越えた二人は、
ともに純白の綱を締める地位にたどり着いた。
若は「輪湖」、隆は千代の富士と全盛期のライバルは異なるが、人気では北の湖を圧倒し、千代の富士の天敵となった。
そんな二人の最大のライバルとの激闘を振り返る。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

独走時代を阻止した打倒北の湖の急先鋒 

「花のニッパチ組」と称された、昭和28(1953)年生まれの若乃花と北の湖。25歳となる昭和53年、二人は全盛期を迎えていた。

輪島と北の湖が激しくしのぎを削った「輪湖時代」の次に到来したのは、北の湖の独走時代。昭和53年には5連覇、大鵬の持つ年間最多記録を15年ぶりに塗り替える82勝を挙げた。その打倒・北の湖の急先鋒とされたのが若乃花だった。

北の湖は、若乃花をやや苦手にしていた時期がある。同じ左四つだが、柔軟性のある体に持ち前の馬力が吸収され、昭和51年名古屋場所から52年初場所にかけて4連敗を喫した。5連覇を果たしたこの53年も、本割では3勝3敗の五分。春、夏場所と決定戦では北の湖が連勝したが、本割では若乃花が連勝し、夏場所後の横綱昇進を決めている。そして、北の湖が史上初の年間完全制覇を狙った九州場所、全勝優勝で大記録にストップをかけたのも若乃花だ。

大関昇進のころから「北若時代」を期待されたものの、北の湖の後塵を拝し、なかなか肩を並べられなかった若乃花。だが、この53年は13、13、14、11、12、そして全勝と年間78勝の安定した成績。82勝の大記録を打ち立てた北の湖の陰に隠れながら、最後にその壁を崩した功績は大きい。

これで、名実ともに「北若時代」の幕開けを告げると思われたが、昭和54年以降、北の湖には5勝12敗(不戦勝除く)。横綱昇進後は16場所連続して二ケタ勝利を挙げたものの、優勝は3回。やはり勝負強き“怪物”を超えるのは至難の業だった。

『名力士風雲録』第16号2代若乃花 隆の里掲載

【表】若乃花ー北の湖対戦表

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