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2021-09-01

「QBとして林は高田鉄男に匹敵した」橋詰監督が語った日大フェニックスの2年半

日大フェニックスを再建した橋詰さん。次のステージでも活躍を期待したい

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地方の大学から甲子園出場を

――今後について聞かせてください。

橋詰 高校生でアメフトを初めて、40年以上になりました。フットボールが発展するために、何かできることがあればいいなと思います。日本人のNFL選手が出たらいいなと思います。少年時代にサッカーや野球でスターになるような逸材が、タッチフットやフラッグフットをしてくれて、それでフットボールの世界に来てくれないかと思います。清原和博選手が、元横綱の千代の富士がフットボールを間違ってやっていたら十分可能性があったと思うのです。そういうことが起きるためには、すそ野を広げなければいけません。

――清原氏の息子さん、慶応高校でアメフトをやっていましたが、大学では野球に戻ってしまうんですよね。

橋詰 寂しいですよね。大学フットボールをやっている中では、見にくるお客さんを増やすこと。底辺を増やすためにも。そのために面白い試合をやらなければいかんなと。もともと、日大に来る前に思っていたのですが、地方の大学で、甲子園ボウルに行けるようなチームを作れたらいいなと思いますね。やはり、関学、立命、早大、日大しか行けないというのでは、どんどん人気がなくなってしまうと思います。

 1980年代に京大が出てきたとき、そういう盛り上がりがありました。例えば九州の大学が甲子園に出てきたら、全然違う広がりになるのではないかなと。そういうことができたらと思います。

――ありがとうございました。

▲︎QBとヘッドコーチが信頼し合っているチームは強い。フットボールの鉄則だ
▲︎QBとヘッドコーチが信頼し合っているチームは強い。フットボールの鉄則だ

橋詰 功
はしずめ・いさお 1963年8月1日生。京都市出身。京都市立紫野高でアメリカンフットボールを始め立命館大学へ進学。ポジションはQBだった。卒業後、1994年に立命大コーチとなる。2000年に米オクラホマ大へコーチ留学。帰国後、母校に導入し「リッツガン」と名付けられたオフェンスで甲子園ボウル3連覇、ライスボウル2連覇を果たす。2008年から立命館宇治高、14年からは立命館守山高のコーチを務める。18年、日大の監督に就任。19年関東トップ8昇格、20年関東トップ8優勝、甲子園ボウル出場。

小座野容斉

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