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2021-09-24

【陸上コラム】メンタルヘルス新時代。東京五輪で寺田明日香と田中希実の源になった「適応力」と「防衛的悲観主義」

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田中希選手は東京五輪では5000mと1500mの2種目に出場し、1500mで日本人初の3分台(3分59秒19/準決勝)突入とともに、8位入賞を果たした(写真◎Getty Images)

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■現代型アスリートのロールモデル・寺田明日香に危惧された「過剰適応」

――寺田選手は、どのようなメンタルの方ですか?

神崎 守秘義務のためと、対戦相手からのスカウティングを避けるため、詳細は公表できかねます。あくまでも、プレースタイルやメディア等を通して、一般にうかがわれる範囲ほどの内容に留めさせていただきますことをご容赦ください。

 その上で申し上げますと、寺田選手は、一言で表せば「適応力の塊」のような選手と言えます。それは、陸上競技引退と復帰、7人制ラグビーへの転向、さらに妊娠、出産、育児などを経て、30代で日本新を樹立されたという経歴から見ても明らかです。同時に、極めてストイックであり、並々ならぬ覚悟を持って競技生活に取り組んでおられることを示唆しています。

 また、早稲田大学卒の秀才で、寺田選手ご本人と話した所感でもありますが、とにかく頭の回転が速く、身体能力だけでなく知的能力も非常に高い方という印象です。加えて、対人関係能力にも優れ、特にコミュニケーションにおいて「察しが良い」ことが特徴的で、私が拙い質問を投げかけた時でも、即座に真意を察して的確に回答してくださったため、とても驚き恐縮いたしました。そのほか、メンタル面の構成要素が軒並みハイレベルで、現代型アスリートのロールモデルとして相応しい選手だとお見受けしております。
田中希選手は東京五輪では5000mと1500mの2種目に出場し、1500mで日本人初の3分台(3分59秒19/準決勝)突入とともに、8位入賞を果たした。1000m、1500m、3000mの日本記録保持者
100mハードル日本記録保持者の寺田明日香選手。東京五輪には日本人では同種目21年ぶりとなる準決勝進出を果たした(写真◎Getty Images)

――寺田選手には、どのようなアドバイスをされましたか?

神崎 強みの裏返しとも言えますが、適応力の高さや察しの良さについては、行き過ぎると逆に心配な面もありました。というのも五輪は、あまり好ましい表現ではないかもしれませんが、「マイナースポーツの祭典」と呼ばれることがあります。また、陸上競技といえば五輪の花形ではありますが、現実問題として、サッカーや野球などに比べるとまだまだマネタイズに課題を抱えています。したがって、認知向上の重要な機会である五輪関連の話題においては、良し悪しにかかわらず、「ママさんアスリート」などのキャッチーな代名詞が先行せざるを得ない事情があります。

 さらに、寺田選手は、陸上選手団代表の大役も務めておられ、各方面のメディア対応などに応じ過ぎることで、いわゆる神経をすり減らした状態の「過剰適応」に陥る恐れがあると危惧しておりましたので、その点での調整をご注意いただくように助言させていただきました。

 しかしながら、私のそのような心配は杞憂に過ぎず、金沢イボンヌ選手以来となる日本人21年ぶりのセミファイナル進出を果たされる素晴らしい戦績でした。寺田選手ご本人としては、種目で日本人未踏のファイナル入りが目標と公言されていましたので不本意かと拝察しますが、入念なピーキングと堂々たるレースに、心から敬意を申し上げます。

■歴史の扉を打ち破った田中希実の「防衛的悲観主義」

――田中選手は、どのようなメンタルの方ですか?

神崎 田中選手は、端的に言うと「集中力が服を着て歩いている」ような選手と言えます。また、田中選手も名門・同志社大学に通っておられる文武両道で、レース直後に呼吸を整える間もなくメディア対応を行っても、すぐさま冷静にレースを振り返ることができ、分析的かつ細やかな言語化も可能な、実に聡明な方だと敬服いたしました。

 田中選手ご本人は、自らの性格をネガティブだと評されていますが、心理学には、単にネガティブに終始する典型的な「悲観主義」とは別に、ネガティブな予測をうまくモチベーションや推進力に変換して必要な対策を講じることで高いパフォーマンスへとつなげられる「防衛的悲観主義」という概念があり、田中選手にはまさに後者の心理的傾向が認められます。

 すなわち、「手段」としての悲観→的確な自己分析→必要な対策→効果的な課題解決→「目的」とする高パフォーマンス、という成長のためのトライアルアンドエラーに係る一連のサイクルが、レースを重ねる毎に見事に機能しておられ、非常に将来性を感じるメンタリティだと拝見しております。

――田中選手には、どのようなアドバイスをされましたか?

神崎 冷静であるがゆえと言えるかもしれませんが、競技に対して真摯に向き合われとても意欲的である一方、穏やかな性格傾向で闘争心は必ずしも高くないという一面が見立てられました。したがって、大会本番ではいかに闘争心を奮い立たせ、その熱量を冷静さと両立できるかが、一発勝負のカギとなり得る旨を助言させていただきました。

 私の言葉が届いたなどとはおこがましくて思えませんが、東京五輪日本代表選出までのひた向きな道のりを「序」章とするなら、予選とセミファイナルでの会心のレースによる連夜の日本新に続き、歴史の重い重い扉を小さな身体で打ち破った8月6日の熱帯夜の国立競技場が、まさしく圧巻の「破」の舞台でした。

 さて、扉の先に広がるのは文字通り未踏の境地で、「急」世界ならぬ新世界です。目下、田中選手がどのような航跡で成長曲線を描いていかれるのか、私にも想像がつきませんが、新たな景色を見せてくださったことに改めて感謝を申し上げますとともに、まずは、歴戦の労を充分にリカバーしていただければと願うばかりです。

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