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2021-09-24

【陸上コラム】メンタルヘルス新時代。東京五輪で寺田明日香と田中希実の源になった「適応力」と「防衛的悲観主義」

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田中希選手は東京五輪では5000mと1500mの2種目に出場し、1500mで日本人初の3分台(3分59秒19/準決勝)突入とともに、8位入賞を果たした(写真◎Getty Images)

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■生身の人間であるアスリートを主語とするメンタルヘルスケアを

――最後に神崎先生からアスリートのメンタルについて提言をお願いいたします。

神崎 今回の東京五輪では、体操アメリカ代表のシモーネ・バイルズ選手が、メンタルの不調をカミングアウトして競技を棄権される一幕がありました。この件に先立っては、テニスシングルスの大坂なおみ選手が、アスリートのメンタルヘルスの課題に一石を投じられた経緯も記憶に新しいものでした。大坂選手は、アジア人テニス選手史上初のシングルス世界ランク1位経験者で、2021年8月現在も世界ランク2位のトッププレーヤーです。また、バイルズ選手は、リオ五輪の体操団体・個人種目4冠で、世界体操においても史上最多のメダルホルダーであり、トップオブトップのアスリートからのメンタルヘルスに関する一連の問題提起を、極めて重く受け止めております。

 一方、敗戦直後のストレスフルなメディア対応や、戦績をめぐるSNSでの集団心理についてもオリンピアンから相次いで声が上がるなど、競技に際するアスリートメンタルヘルスの在り方を再定義する意味でも、今後の社会契機とすべき重要な大会であったと感じます。

 恥ずかしながら、かく言う私も、スポーツの支援に携わるまではアスリートを健康体の象徴であるかのように、どこか超人視しておりました。しかし、実際にアスリートの方々にカウンセリングを行うと、ケガや古傷はもちろんのこと、心身に様々な不調や持病などを抱えながら競技生活に取り組んでおられる選手が思いのほか多い事実を目の当たりにし、それまでの考えを改めるとともに、とりわけメンタルヘルスケアの不充分さを痛感いたしました。

 これらの現状に鑑み、メンタルヘルスを専門分野とし、薬物療法ではなく心理検査やカウンセリングによって心理分析や治療的支援などを行う臨床心理学は、今後のスポーツシーンにおいても、ますます必要性が高まっていくことと推察されます。是非、スポーツ心理学の先生方とも連携協力をさせていただければと考えております。

 満身創痍や青息吐息で立ち向かうアスリートの姿は、確かに画的には一見感動的にも見えますが、それを美談として礼賛する姿勢は、そろそろ時代遅れにすべき時ではないでしょうか。アスリートは、鍛錬を重ねた競技者とは言え、競技以外の時間や競技人生以降のセカンドライフの方がはるかに長い生身の人間であり、決して、人々から次々と記号的に消費されていく対象ではないからです。

 提言とは少し違うかもしれませんが、その当たり前のことをくれぐれも忘れないよう自戒しつつ、今後も臨床家としての立場で、アスリートの皆様方を主語とする支援に、及ばずながら携わって参りたいと思う次第です。

■略歴■
神崎保孝(かんざき・やすたか)
福岡県北九州市生まれ、東京五輪日本代表選手メンタルアドバイザー、東京大学大学院医学系研究科・臨床心理士。
eスポーツへの造詣も深く、eスポーツ系シンクタンク「福岡eスポーツリサーチコンソーシアム」委員として講演・研究活動に従事する一方、日本初のeスポーツチームメンタルアドバイザーとして顧問契約を締結する「NIWAKAGAMES e-Motorsport Racing Team」からは、国際自動車連盟(FIA)世界選手権の日本代表選手、国体の銀メダリストなどを輩出。
教育庁教職員メンタルヘルスカウンセラー・研修講師、教育委員会スクールカウンセラースーパーバイザー、急性期・回復期総合病院アドバイザー・カウンセリング専門外来、商工会議所アドバイザー、民事訴訟事件裁判鑑定人、北九州政策研究ネットワーク顧問などを歴任のほか、WHO国際診断基準の改訂プロジェクト、熊本地震の災害派遣、殺人事件や人身死亡事故の心のケアなどにも参加協力。【連絡先:inquiry_kanzaki@yahoo.co.jp】

神崎保孝氏

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