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2022-08-27

ジャパン女子の解散が決定! 団体内の不協和音で5年の歴史に幕【週刊プロレス昔話】

当時の持丸社長

1992年1月12日、東京・後楽園ホールでジャパン女子の解散が正式発表された。

 ジャパン女子は86年8月17日、同所で旗揚げ。約5年にわたり日本の女子プロレス界で確固たる足跡を残してきたが、1月26日の熊谷を最後に解散。

 直前には風間ルミの退団もあり、団体内には不協和音が鳴り響いていた状況。解散の理由としては当時の持丸常吉社長がジャパン企画プロモーションの社長を辞任、後任の社長を探していたが、しかるべき人物が見当たらず解散する運びになった…とあった。

 選手から持丸体制への不満も噴出していた。

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