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2020-09-15

【マラソン】MGCの激闘を制してから1年――東京オリンピックへひた走る中村匠吾の現在地

8月は長野・菅平高原で充実した練習を積んできた中村  写真提供/富士通陸上競技部

東京五輪マラソン代表を決めたMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)から今日(9月15日)でちょうど1年。MGC男子覇者の中村匠吾(富士通)は、オリンピック延期の現実を受け入れ、日々、できることに取り組み、1年後の本番に向かっている。

スピード持久力養う新たな試み

 中村匠吾は東京五輪男子マラソン1年前の8月8日は休み期間中だったが、その直後に札幌で本番コースを4日間下見した。7月はホクレン深川大会10000mに出場し28分49秒95。ほかのマラソン代表たちが自己新を出しているのに比べ、インパクトを残せなかったが、そこには理由があった。

――コースを下見した印象は?

中村 多くの方が指摘しているように小刻みに何度も曲がる北海道大学内と、そこからゴールまでが重要になると感じました。1周目は8㎞を最高点にアップダウンがありますが、2周目と3周目は高低差がほとんどなく、下り基調に感じました。海外選手がスピードを上げたとき、脚を残せるかどうかが勝敗に影響しそうです。

――1年後も同じとは限りませんが、暑さについて感じたことは?

中村 天候によって体感温度はかなり違ってきます。スタート時は20℃くらいに感じても2時間後には、日射しが強ければ30℃くらいに感じました。そうかと思えば曇っていて、25℃もいっていないと感じる日もありましたね。

――練習での暑さ対策は?

中村 ある程度の暑さのなかでは走っています。ジョグや20㎞くらいの距離走を35℃のなかで行うことで、体を慣らしています。

富士通の福嶋監督(右)はじめ、中村は周囲との話し合いのなか、臨機応変に強化を進めている
写真提供/富士通陸上競技部

――この夏取り組んでいるメニューで、以前とは違うものがありますか。

中村 インターバルトレーニングの日は、1000m×10本だとしたらそれで終わることが多かったのですが、今はインターバル後のきつい状態でも10㎞くらいのペース走を加えました。スピード持久力の向上が期待できますが、かなりきつくて疲労も大きいメニューです。その影響もあってホクレンではうまく走れませんでした。今まで以上に日頃のケアをしないといけないと思いましたし、大八木(弘明・駒大監督)さんや福嶋(正)監督、トレーナーさんとも話し合いをしっかりして、決めたスケジュールに固執せずに継続することを優先してやっていきます。

駅伝をはさみながら地力アップを

 今後の試合日程は、12月の福岡国際か、来年2月の別大でマラソンを走る。11月の東日本実業団駅伝と元日のニューイヤー駅伝にも出場する予定だ。

――五輪本番までの間にマラソンを走る目的は?

中村 MGCのように自分で主導権を握るレースをすることです。タイムを狙いたい気持ちもありますが、それよりもオリンピックに近い状態をつくることが重要です。ペースメーカーが外れる30㎞以降の12.195㎞を、自分から動かしていきたい。服部(勇馬・トヨタ自動車)選手が18年の福岡国際で35㎞から40㎞を14分40秒に上げて勝ちきりました。強いな、と感じました。そういったレースができればタイムも2時間7~8分台が出る。7分台なら自己新です。

――アメリカで高地練習を行ったMGC前と違って、しばらくは国内で練習することになりますか。

中村 新型コロナの情勢によりますが、しばらくはそうなると思います。高地(標高2000m超)ではスピードを多少落としますが、心肺機能に負荷がかけられます。今までそれで成功してきたのですが、一度、平地でスピードを上げてやって、それがどう出るかを試してみます。国内でも菅平(長野/標高1300m)など準高地の環境でも練習はできますし、低酸素室で高地の環境を擬似的につくって、バイクで心肺機能に負荷をかけることもできます。

先行きが見えづらいなか、スピード持久力を養うメニューにも積極的に取り組んできた
写真提供/富士通陸上競技部

――駅伝を2本走ることも、マラソンにつなげられる?

中村 札幌のコースは速いペースも想定されます。これまでのマラソンは冬の2回は2カ月、18年のベルリンは3カ月、MGCは4カ月、試合の間隔を空けて出場しました。駅伝を挟みながら出るのは初めてになりますが、駅伝で15~20㎞の速いペースを覚え込ませることで、札幌のコースにも対応できるようにしたいと思っています。

五輪への思いはさらに強く

 コロナ禍や五輪が1年延期されたことで、何度も計画変更を強いられた。ホクレンの記録が伸びなかったのはその影響と思われたが、そうではなかった。コロナ禍を逆境とせず、1年後を見据えての取り組みを進めている。

――1年後に五輪が延期となったことで、新しいトレーニングとレース計画が確定したのはいつ頃ですか。

中村 3月初旬にアメリカから帰国したときは3月末の世界ハーフマラソンに出る予定でしたが延期になり(編集注:中村選手は延期に伴い、7月に代表を辞退。9月14日には、日本陸連が日本代表選手の派遣の取りやめを決定)、次は4月のトラックを目標にしましたが中止になりました。9月に海外マラソンに挑戦する計画も白紙になったので、ある程度来年までの流れを決められたのは、ホクレン前くらいですかね。

――インターバルの後にペース走を加える新メニューは、オリンピックが今年開催だったらやっていなかった?

中村 そうですね。3月に世界ハーフ、そのあとトラック、そしてマラソン練習という流れだったら、MGCと同じイメージを持つことを重視したと思いますので。延期されたことでトレーニング期間が増えたので、プラスにできることは何かを考えて、新たな試みを入れてオリンピックで勝負をするために取り組んでいくことに決めました。

――以前から強い気持ちでオリンピックを目指していましたが、その気持ちがさらに強くなりましたか。

中村 こういう状況のなかでも多くの人が応援してくれます。普段の練習中もそうですし、札幌で下見をしたときも、「来年を楽しみにしているぞ」と声をかけられました。そういうことがすごく励みになります。だからこそ、最高の準備をして、結果を出し、オリンピックを成功させたい。良い大会になってほしい。それがアスリートにできることだと思っています。そう思ってこの1年間、準備をしていきます。

構成/寺田辰朗

※本記事は「陸上競技マガジン2020年10月号」に掲載された記事に、加筆・訂正を加えたものです。

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