琴ノ若(寄り倒し)豊昇龍堂々と、正面から大関を寄り倒して、2敗同士の直接対決を制した。
場所の後半に入って、優勝争いへ上位同士のサバイバル戦がスタート。大関豊昇龍と関脇琴ノ若の対決は琴ノ若に軍配が挙がった。
この2人、過去の対戦成績は豊昇龍の10勝2敗と差がついているが、内容を見れば一方的な勝負はほとんどなく、かつ直近2場所は琴ノ若の勝利。もはや力は拮抗していると見てよかった。
立ち合いは当たりの角度がよかった豊昇龍が先手を取った。やや立ち腰の琴ノ若を、右のノド輪で攻め込む。が、少しこのノド輪攻めが長すぎたか、腕が伸び切ったところで体も伸び切り、腕を払われると一瞬横向きに。豊昇龍は立て直して突いていこうとしたが、琴ノ若は余裕をもってこれをはね上げると、サッと右四つに組み止めた。互いに右下手一本で胸が合う形。こうなると動きが武器の豊昇龍はつらい。琴ノ若はうまく体を寄せて左上手を先に取ると、両廻しを引きつけて、徐々に右差し手を返しながらの寄り。豊昇龍に何もさせずにそのまま寄り倒した。
「我慢して、しっかり取れました。(相手は)投げもあるので、しっかり辛抱して。(連敗の後だが)しっかり気持ちを作り直していきました」と琴ノ若。連敗の後に立て直したという意味でも、大関に何もさせずに正面から倒したという内容面でも、大きな白星となった。
一方、3敗に後退した豊昇龍は、取組後の取材にもノーコメント。6日目に髙安にひっくり返されてから、急に精彩を失った感があるのが気がかりだ。
もう一人の2敗の大関、霧島は朝乃山に攻め込まれ、物言いがつく際どい相撲の末に叩き込みで辛勝。「先場所は負けたんで、負けないという気持ちでいった。廻しを取らせないように我慢して我慢して。何回か引いたけど、最後決まれば」(霧島)。この日は内容的にはいいとは言えなかったが、実力は一番と言っていい力士だけに、こういう相撲も拾って星勘定に余裕が出てくれば、自然と力が出るようになることは十分考えられる。「こういうときに勝ったら気持ちがいい」。このまま乗っていけるか。
この日は一山本が玉鷲を一気に突き出して「八山本」とし、勝ち越し決定、ただ一人の1敗を守った。2敗勢はきのうの9人からいっぺんに減って、霧島、琴ノ若、熱海富士、美ノ海の4人に。
こうしてみると、もちろん一山本がこのあとどこまで勝ち続けられるか、ということはあるが、上位陣の中では混戦から霧島と琴ノ若が抜けだしつつあるとも見える。
2人の争いを前提にして今後を展望すると、直接の対戦では霧島のほうが分がいいので、直接対決で雌雄を決する展開になるようなら霧島優位と予想せざるを得ないが、それ以外で星を落とす可能性を考えると、琴ノ若は豊昇龍、大栄翔とは対戦が済んでおり、未対戦の上位陣の貴景勝、若元春は調子が落ち気味のため、この部分では大関、関脇戦をすべて残す霧島よりアドバンテージがあるようにも思える。そう考えると、まずは直接対決まで勝ち続け、星勘定でリードした楽な状態で霧島との直接対決を迎えることができれば――、というのが、琴ノ若にとって初優勝への理想的なシナリオと言えようか。
今後に向けては、「その日の相撲を大事にして。思い切ってやるだけなので」と琴ノ若。
もしもシナリオどおりに事が運んで初優勝となれば、一気に大関の声がかかる可能性もあり、そうなればかねてより話題に上っていた、第五十三代横綱である祖父の四股名の
「琴櫻」の襲名も――。
あ、いや、ちょっとこの日1勝しただけのことから妄想を飛ばし過ぎたか……。ただ、それが実現する可能性もあながち低くはないのでは、と思わせてくれるスケールの大きな魅力がこの力士にあることも、また間違いのない事実だ。
文=藤本泰祐