週刊プロレス編集部
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2025-06-26
WWWF世界ジュニア王者・藤波辰巳の初防衛戦の舞台にもなった新日本名古屋大会…プロレス歴史街道~愛知県体育館編(2)新日本プロレス時代【週刊プロレス】
BI砲全盛の日本プロレスを見てきた愛知県体育館。しかし1972年、それぞれが独立して団体を旗揚げする。そこから“冷戦時代”と呼ばれることになるが、名古屋のプロレス熱が高かったのは、アントニオ猪木率いる...
2025-06-25
ジャイアント馬場の大番狂わせ、アントニオ猪木の成長 プロレス歴史街道~愛知県体育館編(1)日本プロレス時代【週刊プロレス】
6月29日、新日本プロレスが愛知県体育館(ドルフィンズアリーナ)で大会を開催する。名古屋城の敷地内、二の丸公園に建設され、昭和の東京オリンピックが開催された1964年に開館した同館。翌年から大相撲名古...
2025-06-25
DDT6・29後楽園でのKO-D無差別級戦インタビュー①クリス・ブルックス編~マサの言葉が常に頭の中へあるから自分を律して動けた【週刊プロレス】
6・29後楽園ホールにて、KING OF DDT 2025優勝者・樋口和貞を相手に5度目の防衛戦に臨むクリス・ブルックス。先におこなわれた会見では、自分の思いを文書にして正確に伝わるよう努めた。それほ...
2025-06-16
新体制となった「唯一無二」の団体BASARA。新社長・中津良太が語る傾奇者のリングの魅力【週刊プロレス】
6月9日、BASARAが新体制を発表した。新社長は中津良太、さらに営業部長として塚本拓海、選手会長として中野貴人が就任。これまで代表を務めていた木髙イサミは、肩書に変更はないものの経営からは退き、選手...
2025-06-16
25年前の6月16日に全日本退団の三沢光晴ら25選手がNOAH設立発表【週刊プロレス】
2000年6月16日、東京・ディファ有明で三沢光晴が会見をおこない、新団体「NOAH」の設立を発表した。会見に出席したのは全日本プロレスを退団した以下の24選手。三沢光晴百田光雄小橋健太(現・小橋建太...
2025-06-13
レフェリーの大変さと重要性を再認識…一番弟子の吉野恵悟レフェリーが16年目のテッド・タナベさん墓参り【週刊プロレス】
2009年6月15日、前日に大阪・Move Onアリーナで開催された大阪プロレス大会でのメインイベントでレフェリーを務め、カウント3を数えた直後に心臓発作を起こして市内の病院に救急搬送されたものの亡...
2025-06-08
ジュリアは初のWWE「マネー・イン・ザ・バンク・ラダーマッチ」で敗北【週刊プロレス】
日本時間8日、WWEのプレミアム・ライブ・イベント「マネー・イン・ザ・バンク」がアメリカ・カリフォルニア州イングルウッド、インテュイットドームで開催された。「マネー・イン・ザ・バンク」はロイヤルランブ...
2025-06-04
新日本プロレス・辻陽太のインドネシア訪問の理由。目指す興行開催とリング上の延長線上としてのボランティア活動【週刊プロレス】
思い立ったが吉日――辻陽太は衝動的に飛行機のチケットを購入した。 年に一度のジュニアの祭典『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア』開催中、新日本プロレスの公式サイトに「辻陽太選手がインドネシアをボランテ...
2025-06-04
追悼・長嶋茂雄…「引退後は報道を勉強したい」と思うきっかけとなった事件とは? “スポーツ実況のレジェンド”志生野温夫アナが振り返る“ミスター”【週刊プロレス】
1958年に読売巨人軍に入団し、9連覇時代には中心選手として活躍。10連覇を阻止された1974年に現役を引退、その後は監督として2度巨人軍を率い、5度のリーグ優勝、2度の日本一に導いた長嶋茂雄さん。現...
2025-06-03
追悼・長嶋茂雄…テレビの番組表を変えた東京六大学のスター“女子プロレス実況のレジェンド”志生野温夫アナが振り返る“ミスター”【週刊プロレス】
読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さんが3日午前6時39分、肺炎のため都内病院で亡くなった。89歳。“女子プロレス実況のレジェンド”志生野温夫アナウンサーは日本テレビの局アナ時代、巨人戦の中継を担当。「...
2025-06-01
NOAHでも活躍する晴斗希が9月大会を最後に道頓堀プロレス退団を発表!「羽ばたいていこうと思います」【週刊プロレス】
6月1日、大阪・松原市天美我堂公民館で開催された大会で晴斗希が、9月7日の大阪・世界館大会を最後に道頓堀プロレスを退団することを発表した。5月大会を髄膜炎で欠場していた晴斗希は、「少し体の調子が悪くて...